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2017年04月15日
第694回「最後のごちそうさま」
「来週で終わりなんです」
その「終わり」がどういう意味なのかすぐに汲み取れなかったのは、その人が日本人でないというのもあるのだろうけど、そんな日が訪れるとは全く思っていなかったから。
「あれ?こんなところに」
うねるように書かれた「めし処」という文字。妙に説得力のある看板に惹かれて立ち寄ったのはもうかなり昔のこと。年季の入った店内。字体から想像していた世界がそこにはありました。
秋刀魚定食、鯖の味噌煮、野菜炒め。一人暮らしをしている男性にとってこれほど魅力的なサウンドはありません。実家暮らしの頃は、そのありがたみに気づかないものですが、いざ一人暮らしを始めると、なかなかありつけるものではありません。今では、街全体が「おひとりさま」シフトになっているから、鯖の味噌煮までの距離もそれほど遠くはなくなりましたが、それをスーパーの惣菜コーナーで買うのと、定食屋で食べるのではやはり、大きな差があります。
「鯖の塩焼き定食に、しらすおろしと、とろろ」
大人になったものです。垂乳根の母くらい、鯖といえば味噌煮、ご飯との相性もいいですが、ここに来るとどうも塩焼きが食べたくなります。しらすおろしに醤油をかけて、とろろは最後に残ったご飯にかける。ご飯が見えないくらい、ふわふわで覆ってしまう、建ぺい率200%。
サラリーマンばかりかといえば、若い女性の姿も見られ、仕事の後、家庭の味を求めてやって来るのでしょう。頻繁に通っていたわけでもないけれど、最近の生活リズムに組み込まれ、これからは週一で通うことになると思っていた矢先のことでした。
「終わりって?」
「もう、お店、閉めちゃうんです」
どうやら、来週の金曜日で店をたたむそう。リニューアルではなく閉店。路面店ではあるけれど、ビルの一階なので、ビルの改装により、続けられなくなった模様。それ以上は聞いていないけれど、これはなかなかの悲しい知らせでした。
「今日はいっぱいかもしれないな…」
閉店の前日、鉄道の最後のように人で溢れかえっているかといえば、むしろいつもより人が少ないように感じたのも束の間、カウンターで座っていると、続々と「めし処」に集まってきました。
「鯖の塩焼き、しらすおろし、とろろ」
脇にはお味噌汁とお新香と、小鉢の肉じゃが。僕が、ここで一番目にした光景です。
「今まで、ありがとうございました」
最近まで、あまり足を運ばずにいたことに対する後ろめたさもあるけれど、少なくとも閉店前に来ることができてよかった。最後の「ごちそうさま」を伝えて僕は、店を後にしました。さて、来週からどうしようか。
2017年04月15日 12:47
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