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2016年03月13日
第650回「きっと、谷底で」
道路脇に置かれた紙袋のなかで、ふたつのスピーカーが雨に濡れていました。
「ミニコンポ」という言葉をすっかり耳にしなくなり、家電量販店でも見かけなくなりましたは、僕が中学生の頃は憧れの存在でした。いわゆるコンポは大きいし、高価なものなので、手が届きません。ウォークマンやラジカセもいいけれど、家でじっくりいい音を聞きたい。そこで、日本の企業が頑張ってくれました。ステレオよりも、一回りもふた回りも小さなミニコンポの登場によって、ティーン・エイジャーでも頑張れば手の届くものにしてくれました。
CDもカセットもMDも聞ける。もちろんラジオも聴ける。その頃は、レコードの肩身がやや狭くなってきたので、ターンテーブルは別売り。このサイズなら机の上に置くこともできます。CDデッキも、8センチCDはもちろん、3枚から5枚入れておくことが可能になったり、ほとんどの欲求に応えてくれました。
ラジカセも頑張っていました。ダブルカセットでダビングができるようになったり、オートリバース、ハイポジション。多感なあの頃は、こういった言葉に囲まれていました。でも、欲しいのは、ミニコンポでした。憧れの存在だったのです。テレビから流れるCMも、ミニコンポをよく見かけました。テクニクス、ソニー、パナソニック、オンキョー、サンスイ、ケンウッド。たくさんのつるつるのパンフレットを持ち帰っては、見比べていました。
そうして、何歳のときだったでしょうか。僕の部屋にやってきたのは、大きなコンポでした。というのも、親友がミニコンポだったので、見栄を張ったのでしょう。説明書を見ながら、汗だくになって、配線した記憶があります。迫力こそありましたが、決して高いものではなく、コンポのなかでもかなりリーズナブルなものでした。両サイドの大きなスピーカーからは、渡辺美里さんやレベッカ、ビートルズが流れていたと思います。詳しいことはわからなくても、ラジカセの音とは確実に違いました。また、リモコン操作ができるため、ベッドから起き上がる必要もなく、ひたすら音楽を聴くことができました。それから、数年経ち、ミニコンポもやってきました。もしかすると、一人暮らしをするタイミングだったのかもしれません。デッキ部分はシルバーで、スピーカーは明るい茶色。CDは3枚入るタイプ。もちろん、MDも再生できるので、CDからのダビングも可能でした。
その後、引越しのたびにそのミニコンポを運んでいましたが、音楽を聴く環境も変わり、打席に立つ回数は減っていきましたが、廃棄することは頭にありませんでした。MDが取り出せなくなったり、CDを読み込まなくなったりすることがあっても、捨てられませんでした。しかし、ワイヤレススピーカーが我が家にやってくると、もはや、こちらでも見ていられないほど、肩身が狭くなっていきました。ミニコンポが、異様に大きく感じるようになり、ごちゃごちゃした裏側の配線が、妙に汚なく感じるようになってしまいました。
「もう、しかたない…」
時代の波に逆らうことはできませんでした。
そうして、20年近く頑張ってくれた、USB端子のない音楽機器は、谷底へ落ちていきました。実際、スピーカーだけでもと思い、CDデッキやアンプ部分などは落ちていったのですが、結局、使うことはありませんでした。
スピーカーが雨に濡れていました。20年近く使っていた木製のスピーカー。決して、優れたものではないけれど、この木目の感じとか、やわらかい音も好きでした。もうすぐ谷底行きのバスがやってきます。終点に着いたら、デッキたちが待っているでしょう。再会したら、取り出せなかったMDが、鳴り響くことでしょう。
2016年03月13日 17:30
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