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2016年02月21日
第647回「音を探しに」
お金持ちの女性の大きなクローゼットを開けると、たくさんのハイヒールがずらりと並んでいるのを番組で見たことがあります。これはイタリアで見つけて、これはパリで、これはニューヨークで。収集欲のない僕にとっては、理解に苦しむといいたいところですが、自分にも似たような傾向があることに気がつきました。僕の場合は靴ではありません。大きなクローゼットに並ぶのは、音です。
カタチがないので、並べるといってもイメージしにくいかもしれませんが、仮に見えるとしたら、冒頭の女性と同じ状況。たくさんの音に囲まれて、パソコンの前に座っています。とりわけ、デスクトップを新しくしてから、その傾向は顕著になりました。クローゼットが大きくなったから、ここにも置こう、ここにも置こうと、暇さえあれば、暇がなくとも、たくさんの音を収集してしまうのです。
「今日いいネタはいっている?」
まるで、魚の買い付けをする大将のように、お店を物色。場所は築地ではありません。ネット上にあります。音を探すというのはあまりピンとこないかもしれませんが、ひとえにピアノの音といってもさまざまで、現実にもアップライトとグランドピアノ、メーカーによっても違いがあるように、デジタル化された音の中にもたくさんのピアノの音があるのです。
仮に、波の音が欲しい場合、マイクを持参して海にいくのもひとつの方法です。かつて氷河が崩れる音を採取しにいくドキュメンタリーがありましたが。ただ、いざ海を訪れたところで、機材の都合上、クオリティの高い音は手に入りません。そうなると、だれかがしっかりとした機材で、南の島の誰もいない海で録音したほうが、質のいい「波」が録れるのです。こういったことが、あらゆる楽器においてあてはまるのですが、実際の音を録音して再現することをサンプリングといいます。その音に音階をつけて鳴らすのが、シンセサイザーです。
同じシンセサイザーでも、アナログ・シンセというものがあります。これは波形の組み合わせによってひとつの音を作成するもので、ある意味、お蕎麦をそば粉から作るようなものです。厳密な話をするとややこしいので割愛しますが、大事なのは、音は無限にあるということです。無限にあるなかで、欲しい音を探す、まさしく音の旅。
音の旅といっても、例にあげたような、ピアノの音というわかりやすい旅はあまりありません。「言葉では表すことのできない音」を探す旅。また、音を自分好みにカスタマイズしていく時間も、音を探す旅になるのですが、いずれにしても、自分が求めていた音に出会ったときの悦びは格別です。音を探している途中に、予想外の音に遭遇し、そこからあらたな曲が生まれるということもあります。寄り道をしたら素敵な景色に遭遇するように。そうして、旅を重ねてつかまえてきた無数の音色。そんな、たくさんの音に囲まれている時間が、僕にとって至福のときなのです。
いい音を集めたところで、曲ができるわけではありません。たくさんの音があっても、使いこなせないと意味がありません。このクローゼットのなかのカラフルな音が、みなさんの耳に届くまでは少し時間があるかもしれませんが、いつかその大きさを感じる日が必ず来るでしょう。旅のお土産を楽しみに待っていてください。
2016年02月21日 22:24
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