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2015年06月07日
第616回「ちくわぶの憂鬱 第2話 辿り着いた島」
「ちくわぶじゃないなんて…」
彼は大海原を漂っていました。
「じゃぁ僕はいったい…」
思い込んでいただけで、本当はちくわぶじゃなかったのでしょうか。頭を駆け巡るインタビュアーの言葉。海面に映る自分の顔を必死で探そうとします。するとそこへ、大きな波がやってきました。
「うわーっ!!」
ちくわぶは、大きな波に呑まれてしまいました。
目を開くと見知らぬ男が立っています。
「よかった、目が覚めたようだね」
「あの、ここは…」
「待って、いま起こしてあげるから」
そう言われて体を預けると、なにかが刺さった気がしました。
「あ、ごめんごめん。ちょっとちくちくするかもしれないよ」
抱えてくれる者に、見覚えがある気がしました。
目の前で大きな炎が揺れています。毛布に包まれて、彼は丸太の上に座っていました。
「え、あっちから流れてきたんですか?」
「そうだよ、最初はクラゲかなにかかと思ったけどね。近づいたら、気を失ってて、いっぱい海水を飲んでぐにゃぐにゃだったよ。でもよかった、意識が戻って」
ちくわぶは大きなくしゃみをしました。
「それにしても君はいったいどこからやってきたんだい?」
「それが、僕もよくわからなくて。気が付いたら海の中にいたんだ」
「気が付いたら?」
「そう。僕はてっきりおでんのなかにいると思っていたんだけど、気が付いたら海の中にいて…」
「おでん?」
ちくわぶは、助けてくれた彼に、これまでの経緯を話しました。
「へー、じゃぁいろいろ大変だったんだね。でも最終的に、自分の居場所を見つけたってことだね。」
ちくわぶは、温かいスープのはいったカップを両手で持っていました。
「そうなんだけど…」
「だけど?」
「でも、僕の思い込みだったみたいで」
「思い込み?」
「そう、僕がちくわぶだと思い込んでいただけ。だから居心地がよかったのも単なる勘違いだったのかなって」
焚き火からパチパチっと大きな音が鳴ると、火の粉があがりました。
「勘違いでいいのさ。自分が思う自分と、世間が思っている自分なんて必ずしも一致しないものだし、一致していたら幸せってこともない。世間は僕のことをよく缶詰にいれたがるけど、僕はほんとにあそこが嫌いでね。窮屈だし、なんせ、閉所恐怖症だから。」
「閉所恐怖症?」
「そう。でも、あの場所に比べればまだましかなぁ…」
そう言って、カップにスープを足しました。
「あの場所って?」
「あぁ、ほら、なんていうんだっけ?豚肉とか玉ねぎとか入っててちょっと酸味があって…」
「酢豚?」
「そう、酢豚!あの中にいれられちゃってさ、もう最悪だったよ。あそこは僕みたいな果物が行くところじゃない、なのになぜか呼ばれちゃってさ。周りには白い目で見られるし、世の中も賛否両論真っ二つ。かなり嫌われたなぁ…」
するとちくわぶが思い出したかのように言いました。
「僕も酢豚に放り込まれたことあります!でもすぐに避けられちゃいましたけど。あの、もしかして、あなたは、パイナップルですか?」
「まぁ、一応、そう呼ばれているね」
「やっぱりそうだ!どこかで見たことあった気がしたんだ。まさか、酢豚で一緒になっていたとはなぁ…」
ふたりの笑い声が島に響きました。
「そうだなぁ、フルーツポンチにいたときは幸せだったなぁ。」
夕日が海面にきらきらと反射しています。
「やっぱり果物同士でわいわいやって、すごく居心地良かった!割り箸一本だけのソロ活動も嫌いじゃないけど、やっぱりみんなでいるほうが楽しいね」
ちくわぶは、パイナップルの話を聞いていました。
「でも、ありがたいと思わないとね。いろんな場所に呼ばれるんだからさ。必要とされるって素晴らしいことさ。だれかの役に立った時、こっちの心まで満たされるのはどうしてだろうね。逆に役に立たなかったときの不甲斐ない気持ち。あれはなかなか嫌なもんだよ。僕は、ちくわぶっていうのをよく知らないけれど、そんなにほかの場所にしっくりこないのかい?」
「うん、そりゃぁもう。応用が効かないっていうかさ」
すると、なが〜い影が、ふたりの前に現れました。
「だれ?」
振り向くと、そこに、背の高い男が立っていました。
2015年06月07日 10:07
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