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2014年12月29日
第588回「まわれ!ミラーボール」
「ちょっとお話があるので、本番終わったらお時間いいですか」
ようやく夏らしくなった、梅雨明け間もない頃でした。決して珍しいことではないのですが、さすがはDJ。声のトーンの微妙な違いを気付かずにはいられません。これはわりと大きなサイズの話だな、DJの耳が、メルヘンおじさんの勘が、ビンビン反応しています。
「ちなみに、ジャンルは?」
「…ラジオです」
少しためらったマネージャーからでてきた言葉に、僕は、すべてを察知しました。
「ついに来たか…」
それを口にしたかどうかは覚えていません。時計は5時になろうとしていました。 生放送を終え、具体的な報告を聞き、ハンドルを握る帰路の途中、実感とともに様々な感情があふれてきましたが、不思議なことに、不満やら不服やら、それこそ怒りや憤りのようなものが一切見当たりません。あるのは、いままでありがとうという感謝の気持ち。もちろん、淋しさのようなもの、もうちょっとやりたいという気持ちがなかったわけでもありませんが、一番大きな感情はやはり、感謝でした。
なにせ、こんな番組はありえないですから。話すことも自由。かける曲も自由。もちろん、信頼された上でのものだから、いくら深夜とはいえ、なにをやってもいいということではありません。しかし、それはやらないでくれと言われたことはありませんでした。僕の頭のなかに描いた4時間を、そのままカタチにできました。なんのしがらみも、なんの制約もない。そんな場所はほかのどこにあるでしょう。大変じゃないと言ったら嘘になりますが、この大変さはむしろ買ってでもしたいもの。この番組は僕の精神を支える場所でもありました。
番組から、いろんなものが生まれました。ネタ本やコントCDをはじめ、僕が次々に発表する楽曲だって、聴いてもらえる場所があることが少なからずその原動力になっていました。たくさんの出会いがありました。フニオチコンテストにはじまり、バーベキューや鍋パーティーによる、リスナー同士のつながり。ロケフェスだって、このラジオがなかったら生まれていなかったでしょう。みんなで迎える日曜の朝。 だから、とにかく、感謝の気持ちでいっぱいなのです。
「ふかわりょうのLIFE IS MUSIC」
本来なら、ここですぱっと終了するほうがいさぎよくて格好いいのかもしれませんが、たとえ半分になっても、たとえ収録でも、なにかできるかもしれない。なにか生まれるかもしれない。材料も設備も整っていないから、いままでと同じ料理はできないけれど、むしろ往生際の悪さを材料にして、あらたな料理をみんなのところに届けたい。
「ロケットマンショー、スタートです」
それは、ずっと前から決めていた言葉。番組は終わってしまうけど、これから先、ふとした瞬間。思い悩んでいるとき。決断を強いられるとき。思いもよらぬ瞬間に、聞こえてくる。あのときは意味がわからなくても、やがて「そういうことだったのか」と実感する瞬間が訪れる。他愛もない会話が、いつしか聞こえてくる。ロケットマンショーがきこえてくるのは、心に響くのは、これからなのです。だから、なにも不安にならず、自信を持って、大海原に飛び出してください。迷った時は、必ずきこえてくるはずだから。心の中で周波数を合わせてください。終わってしまうけど、もう、一緒に朝を迎えられないけれど、本当のはじまりは、いまなのです。ミラーボールがまわるのは、これからなのです。
2014年12月29日 18:33