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2014年03月02日
第562回「よってたかる島」
むかしむかし、あるところに、見太郎という男がいました。温厚というのか、無頓着というのか、とにかくたいていのことは大目に見てしまう性格で、周囲の粗相はもちろん、自分の粗相さえも許してしまうほど。それでいつからか、「大目に見太郎」と呼ばれるようになりました。そんな見太郎が、ある日、よからぬ噂を耳にします。
「なんだって?」
海の向こうにみえる小さな島で、鬼が悪さをしているとのこと。
「まぁ、大目に見てやろう…」
いつもならそうなるところですが、さすがに島を荒らしているとなると、大目に見るわけにもいきません。見太郎は船を出すことにしました。
「鬼はどこだ!でてこい!!」
しかし、見太郎を待っていたのは、いままでと変わらない島。穏やかで、波の音以外、なにもきこえてきません。
「なんだ、単なるうわさか…」
そう思いながら、島を歩いていると、ボロボロになった家を見つけました。
「あれか!鬼が荒らしたというのは!」
近づくと、おじいさんがうずくまって震えていました。
「どうしたんですか!」
おじいさんは、怖がってなにもいえません。
「鬼にやられたのかい?そうなんだね?」
しゃべろうとすると、なにかがつかえているように、言葉がでてきません。
「鬼はどっちへ行った?」
おじいさんはただ震えていました。
「僕が成敗してやるから、もう安心だからね」
そうして、島を歩きはじめると、また同じようにボロボロになった家を見掛けました。
「鬼なんだね?鬼がきたんだね?」
女の人が、ぶるぶると震えています。それからというもの、同じように荒らされている家をいくつも見掛けては、怯える人たちに食べ物をやりました。
「すみません、鬼は見かけませんでしたか?」
島の人たちに訊ねてみました。しかし、鬼を見たという人はだれもいません。いったいどうしたことでしょう。何度訊ねても、誰も鬼を見たことがない、そればかりか、鬼の存在さえ口にしないのです。そこで見太郎は、自分で見張ることにしました。
「きっと、現れるに違いない…」
日が沈むと、島は一気に暗くなり、なにも見えなくなりました。
「ぜったいに捕まえてやる!」
しかし、なかなか鬼は現れません。辺りはすっかり冷たい空気に覆われてきました。見太郎の体が、ぶるぶると震えはじめたときです。なにやら暗がりのなかで、大きな黒い影が動いているのが見えました。
「き、きたな…」
あんなに意気込んでいた見太郎も、実際に鬼がくるとなると、さすがに怖くないわけありません。この震えは、寒さだけによるものではなさそうです。大きな影が徐々にちかづいてきます。
「こればっかりは、大目に見るわけにいかない!こらしめてやる!」
黒い影が民家を覆うと、見太郎は、目を丸くしました。
「あれは!」
近づいていた黒い影は、鬼ではなく、人間でした。幾重にも重なった人間の影が民家を囲んでいます。
「なんでこんなことを!」
すると、彼らは一斉に、家にむかって石をなげこみました。
「やめたまえ!!」
すかさず発した見太郎の声に、家を囲んでいた人々の動きがとまりました。
「いったい、どうしてこんなことをするんだい!」
「うるさい!邪魔するな!悪者はこうされて当然なんだ!」
「悪者?どうして悪者なんだい!」
「島の掟を破ったのだからな!」
「そうだ、島の掟を破ったのだからあたりまえだ!」
彼らがいうには、この家の男は、船を停める場所を守らないのだそう。
「ならば、正々堂々と話し合ったらどうだい!」
「そんなことしてる暇はねぇんだよ!」
そういって、また、石を投げ始めました。
「やめろ!やめたまえ!!どうして寛容になれない!どうして大目に見てあげないんだ!」
すると、ひとりの男がいいました。
「お前、もしかして見太郎か?そうだよな、大目に見太郎じゃないか!」
「そうだ、それがどうかしたのか!」
「なんだ、やっぱり!大目に見太郎なら、俺たちのことも大目に見てくれよ」
見太郎は、手をぎゅっと握りしめました。
「よってたかっていじめる人たちを、大目に見られるわけがない!」
「だって、悪いのは掟を破ったこの男だからな。そんなこといってると、お前も同じ目に遭っちまうぞ!」
「卑怯だぞ!はやくやめたまえ!」
そう叫びながら必死に体にしがみつく見太郎の頭に、石が命中しました。
「ここは…」
昨晩のことはなにもなかったかのように、静かな朝が広がっていました。
「おはようございます」
村の人が声をかけてきました。
「それで、鬼はいたのかい?」
見太郎は首を横に振りました。
「あの島には、鬼はいなかった。けれど、もっと恐ろしいものがいた…」
「もっと、怖ろしいもの?」
「そう。とてもとてもひとりじゃ手におえない、怖ろしいもの…」
「鬼よりも、大きいのか?」
「あぁ、鬼よりも大きいさ…」
それからというもの、あの島は、よってたかる島と呼ばれるようになりました。
2014年03月02日 09:35