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2013年07月17日

第538回「向かいの店が涼しいことを犬は知らない」


「暑すぎる…」


 いまにも陽炎が見えそうな商店街。いつものコンビニの前に車を停め、ドアを開けると、サウナのようにもわっとした空気が体を覆います。アイスコーヒー用の無糖のコーヒーを買う場所がいくつかある中で、このコンビニにおいてあるのはごく普通のもの。無糖が置いてないコンビニもあるので、ファーストコンビニに無糖タイプがあるだけで感謝すべきこと。ただ、その日は、コンビニの向かい側が気になりました。





「大丈夫かな…」





 果たしてこのお店はやっていけるのだろうかと、いろいろ心配を誘う店構え。なんとなく視界に入っていたものの、選択肢には入らなかった商店。店頭に、コーヒーのボトルが陳列してあります。もしかしたらこっちのコーヒーのほうがコンビニのよりおいしいのではという薄い期待を込めてボトルを握りしめると、薄暗い店内はまるで昭和にタイムスリップしたかのような雰囲気。冷房もかけていないようですが、たとえかけたとしても、八百屋さんのように扉もないので、きっと暖簾に腕押し。奥から、店の主人がでてきました。





「あと、ふりかけって、ありますか?」





そういえば、切れていたのを思い出しました。すると主人が、陳列棚からくじを引くように取り出したのが、瓶にはいったふりかけ。聞いたことのない商品名。このタイミングで、ならいいですとは言えず、台の上に、常温のコーヒーのボトルと、見知らぬふりかけが並びました。





「中に、冷えたのがあるけど、それと交換しようか?」





家で氷をいれてかきまぜるのでその必要はありません。





「いいよいいよ、取り替えてやるよ」





そういって、奥へと消えていくと、足元に、なにか異質なものを感じました。





「え?」





薄暗くて気が付きませんでした。そこには、いまにも床にとけていくように、犬が、のびています。お店のなかでここが一番涼しいのでしょう。





「いらっしゃい」





「え?」





「いらっしゃい。暑いんだから、2回も言わせないでよ、お兄さん」





「あ、すみません…」





間違いなく声は、そこから発せられています。





「近所なの?」





「はい、そうなんです…」





「一緒だよ」





「はい?」





「一緒だよって言ってんの」





「一緒、というのは…?」





「そのふりかけ」





「ふりかけ?」





「そう、よく見るふりかけと一緒だから、安心していいよ」





「あ、そうなんですか…」





「あとね、ここは別に、大丈夫だから」





「大丈夫?」





「心配してたでしょ、この店構え」





「いや、そういうわけじゃ…」





「意外とね、大丈夫だから」





すると、主人の声が聞こえてきました。





「お待たせ、こっちのほうが冷たいからね」





薄暗い店をでると、向かいのコンビニの入り口には、冷たいデザートの看板。あの中が涼しいことを、あの犬は、知っているのかもしれません。




「今度、名前を訊いてみよう」





強い陽射しを浴びた商店街。僕は、まだほんのり冷気が残った車に乗り込みました。





 





 



2013年07月17日 08:52

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