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2013年07月07日

第537回「タナバタ・ヘルシージュース」




 混雑した駅が苦手な僕が始発の新幹線を利用するのは珍しいことではなく、その日も朝6時にはホテルをチェックアウトし、駅に向かいました。すでに駅は通勤の雰囲気が漂いはじめているものの、ひとたび新幹線のなかに飛び込めば、そこはとても静かで落ち着いた空間。コーヒーを片手にのんびりと、音楽を聴きながらぼーっとする時間がもったいなくて、眠ることもできません。あっという間に新横浜に着くと、スーツを着た人たちに逆らうように歩きながら僕は、電話をしていました。





「いまから20分くらいで着くよ」





 自宅は都内にあるものの、品川や東京でなく新横浜を利用するのは、単に横浜の人間だからというよりも、駅からのびるこの広い道路とそこから見える景色のせいかもしれません。空が広く感じる道から地元のバス通りを抜け、実家の玄関を開けると、台所に、父と母の二人が立っていました。





「なにそれ?」





二人の前に、見たことのないドデカいマシンが置いてあります。ミキサーでしょうか。





「ちがうの、これはジューサー!」





 どうやら母はそこにこだわりがあるようです。たしかに従来のミキサーに比べると、大きくて、機械的で、コンパクトな工場のよう。ミキサーと呼んではいけない気もします。これが、家電量販店の閉店セールで売れ残っていたのだそう。





「すごいから見てて」





まるで理科の実験がはじまるかのように、マシンの前に立つ父と母。機械がウイーンと鳴りはじめると、キウイ、リンゴ、オレンジ、予め皮を剥いた果物たちが、父の手から離れていきます。





ドリップコーヒーのようにぽたぽたと、しずくがおちていきます。たしかに、すべてすりつぶすミキサーとは異なり、すりつぶしたものが液体と固体とに別れ、片方には大根おろしのような山が、一方には、クリアでしぼりたての果汁がたまっていきます。そしてできあがった我が家特製の栄養たっぷりフレッシュジュースは、たしかに口当たりもよく、ざらざらした感じもしません。すりおろされた果実は、基本は捨てるのだけど、これはこれで何かに使えそうです。





「これを毎朝飲むと、調子がいいの」





あれだけ果物を投入したのにできあがったのは若干少ない気もしますが、たしかに体にはいいでしょう。ただ、一回一回洗うのも大変そうで、僕は、これ持っていきなさいとでもいわれるんじゃないかとびくびくしながらそのジュースを飲んでいました。





「もう一杯飲む?」





そして、また、我が家に大きな音が鳴り始めた。





「あら、大きな笹」





窓の向こう。竿だけ屋の竿のように、トラックの荷台で3メートルほどの長い笹がゆさゆさと大きく揺れています。どこに運ばれていくのでしょうか。横浜と言えど、うちの脇道を上がっていくと、タヌキが時々降りてくるほどの山があり、小さい頃はそこでタケノコをとったものです。あの大きな笹は、きっと山で揺れていたのでしょう。小学校に持っていくのでしょうか。





「そうか、七夕か」



いまはどうかわかりませんが、地元の商店街は、七夕祭りと称して、飾りつけが施され、鼓笛隊のパレードなどを行っていました。僕も小学生の頃、炎天下の中、練り歩いたものです。汗びっしょりになっては、途中、給水所のような場所で、おばちゃんたちから冷たい麦茶が支給されました。あのときの一杯と、いま目の前の一杯が重なる瞬間。ヘルシーなジュースが、喉を通り抜けて行きました。

2013年07月07日 00:35

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