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2013年06月24日
第535回「人間だもの」
「てめぇには、この長蛇の列が見えねぇのかぁ!」
閉店間際の某大型北欧家具店は、蛍の光にあわせて大量の人たちがレジへと押し寄せています。僕の前には女性がひとり。やっとここから脱出できると、深い息がこぼれます。しかし、ここへきて、流れが止まりました。
「おかしいですね…」
レジの人が、首をかしげては、カードを何度も通しています。
「これ、以前はいつ頃使われました?」
「あ、5月に一度」
しかし、カードが認識されません。
「やっぱり駄目ですね…」
どうやら、それはクレジットカードではなく、お店のポイントカードのようなものでした。
「あ、そうですか、じゃぁ結構です」
なんて言葉はなく、ポニーテールに水玉のワンピースを着た、そこそこかわいらしい女性は、まったくひるむ様子もなく、涼しい顔をして訊かれたことに答えるだけ。自分から身を引こうとは一切しません。次第に僕の体内が熱くなってきました。車だったらそろそろクラクションが鳴り始めるころです。
悪びれる必要はないかもしれませんが、状況を考えれば、諦めてもいいもの。それに、クレジットカードならまだしも、ポイントカード。しかも、彼女が購入しようとしているのは、何に使うのか、瓶のようなもの。199円。値段がすべてではないけれど、それぐらいいいじゃないかと思ってしまいます。膨らんでゆく行列。うしろにはまだまだ大きな家具が待っています。蛍の光に場内アナウンス。堪忍袋の緒が切れそうです。
「あんたさぁ、ポイントだかなんだかしらねぇけど、見えないの?後ろが待ってんの。お前のその購買履歴のために、どれだけの人に迷惑かかってっかわかってる?だいたいさぁ、聞こえる?ねぇ、聞こえるよねぇ?これなんて曲?そう、蛍の光!この音が流れたらどういう意味だっけ?卒業式のとき流れなかった?これが学校で流れたら卒業、お店で流れたら閉店!もう終わりなの!お前も少しは空気読めよ!そういうのを身勝手って言うんだよ!ちょっとかわいいからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」
頭のなかで僕は彼女の胸倉を掴んでいました。
「いいか、この行列はなぁ、チームなんだよ。昔運動会であっただろう?ムカデ競争みたいなもんだ!それぞれのレジで競ってるんだよ。お前がもたもたしていたら、このチームは優勝できなぞ!チームワークなんだよ!!」
周囲の拍手喝さいを浴びています。
「お待たせしました、どうぞ!」
そうして何事もなくレジを済ませると、僕は、荷物を抱えて駐車場に向かいました。
「もしかして、ふかわさんですか?」
エレベーターに乗る前に声をかけてきたのはまさしくワンピースの女。
「ふかわさんですよね、わたし、ふかわさんの曲好きなんです!」
「え?あ、そうなんですか…」
「今も、聴いてました!トリンドルが歌ってる…」
「ラ、ラブディスコ?」
「はい!そうです!今日はお買いものですか?」
そうして、握手をすると、彼女は去っていきました。蛍の光が流れていました。
2013年06月24日 13:49