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2013年04月07日
第526回「もしもいまキミに会えたなら」
僕にはいま、会いたい人がいます。会って、お礼を言いたい人がいます。これまでの人生においてお世話になった人は数知れず、ひとりひとりお礼を言おうとしたらきっともう間に合わないのですが、さしあたって最近とくに、「ありがとう」と伝えたい人がいるのです。
「あのときは、ありがとうございました!」
しかし、それは叶わぬことかもしれません。というのも、出会ったのは数年前のこと、その人がいまどこでなにをしているのかわかりません。もっというと、名前すらわかりません。そんな人にいまお礼を伝えたいのは、そのときは伝えられなかったから。むしろ、そのときは腹を立てていたくらいで。
「嘘だろ…」
僕は愕然としました。家に帰って袋を開けてみると、そこにはフライになったアジがどーんと横たわっていました。
「聞き間違える?!」
僕は、カキフライと伝えたつもりでした。いや、確実に伝えました。カキフライといったのに。カキフライが食べたかったのに。タルタルソースで半分、ソースで半分。たのしみだったのに。だいたい、アジフライなんてまったく眼中にない。そんなもの、独身男性が食べるものじゃない。僕の滑舌が悪かったのか。確認を怠ったからなのか。なんでまたアジフライなんかを。そう思いながら、しぶしぶ口に運んでいました。それから月日は流れ。
「これは助かる!」
引っ越した先の商店街のなかにたたずむお惣菜屋さんは、パン屋さんのように自分でおかずをトングでとっていくタイプ。僕の視線はすぐさまカキフライに留まりました。隣には例のフライもいます。かつての僕であれば迷わずカキフライを掴んでいたことでしょう。しかし、カキに向かったトングがとまりました。あのとき口にしたアジフライの味が蘇ってきます。あのサクサク感と脂ののった白身。ソースをつけてもよし。なにもつけなくてもよし。なんだか今日は、カキフライではない気がしてきました。
「こっちにするか…」
トングはアジフライを挟んでいました。その日だけではなく、そのお店にいくと必ずアジフライを掴むようになりました。いや、アジフライを食べたくて、あのお店に足を運んでいました。あのとき間違えられなかったら、僕はまだアジフライと出会っていなかったかもしれません。
「名前はわからないんですけど、カキフライとアジフライを間違えた人で…」
そんな手がかりでわかるわけありません。もうきっとあのお店にはいないのでしょう。彼女はいまどこでなにをしているのだろう。アジフライと出会わせてくれた彼女に、いま、伝えたい。素敵な出会いをありがとう、と。
2013年04月07日 23:01