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2012年11月11日
第509回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」
第八話 すべては海が知っている
平坦な道が続いていました。大きな起伏はなく、緩やかな曲線を描く道は、海に近づいたり離れたり、会話をしているよう。ここは僕のとっておきの場所。おとぎ話の世界へと続く道。そして、時折現れるマシュマロたち。シャッターの音が空へと飛んでいきます。
「あれ…」
どうも様子がおかしいことに気が付きました。実は、これまでも何度か見たことのある光景。といっても、一度の旅行で一回あるかないか。僕は車を停めました。
「やっぱりそうだ…」
一頭の羊が仰向けになって、ひっくり返っていました。楽しんでいるのか、苦しんでいるのか。でも足の動かし方は、もがいているように見えます。たいてい群れか、親子でいるのに、一頭だけ離れて。
「どうしたんだろう…」
大きな体に小さくて細い肢。一度ひっくり返ってしまったら起き上がれないのでしょうか。助けてあげたいけれど、下手に近づいたらもっと怖がるだろう。しかし、声をあげる羊を前に、このまま立ち去ることもできません。
「起こせるかな…」
近づくと、肢をバタバタさせて声をあげます。どこか痛いところでもあるのだろうか。おそるおそる、体に触れてみました。やはり、起き上がりたいのかもしれない、そう解釈して僕は、抱えるように羊毛の下に両腕をすべりこませると、勢いをつけて転がすように、大きなマシュマロをひっくり返しました。
「いけるか?」
羊はどうにか起き上がると、肢をもつらせながらも、よろよろと歩きはじめます。徐々に態勢を取り戻すと、ゆっくり走りはじめました。
「だいじょうぶかな…」
手に残っている感触。思ったよりも重かったこと。やわらかくて、あたたかかったこと。そして羊毛のふわふわ。
「さぁ、もうすぐだ!」
静かな海辺の道。向かうはあのとき見た色褪せた家。そして遠くに、それらしき建物が見えてきました。2年ぶりの場所。あのときは撮りたくても撮れませんでした。これぞ、colors of
icelandに欠かせない色。
「よし、キミの出番だぞ!」
僕は助手席のカメラをさすりました。
「え…」
目を疑いました。
「うそだろ…」
2年ぶりにやってきた旅人を待っていたのは、信じられない光景でした。
「リ、リ、リ…」
驚愕の事実。
「リフォームしてる!!!!」
こんなことがあっていいのでしょうか。あのとてもいい雰囲気をだしていた赤褐色の屋根が、真っ青に塗られています。あんなに幻想的な色をしていた建物が、まさかのリフォーム中。周囲を足場のような鉄が囲っています。
「そういうこと、気にする!?」
旅人にとってはいい感じでも、住人にとってはそうとは限りません。この2年の間になにがあったのか。少なくとも住んでいる人がいることは証明されました。しかし、この場所で、リフォーム願望がわくとは、人間とは恐るべき生き物。これが最終段階の色なのかはわからないけど、屋根を鮮やかな青色に染められた海辺の家をカメラに収めました。
「こっちまで真っ青になったよ…」
観光名所でもなんでもないのだから、もちろん個人の自由。中の住民がipadをやっていようが、なにしていようが、文句は言えません。
「すごいことが起こるもんだ…」
まさかこんな現実が待っていたなんて。あのとき見た色は、もう僕の頭のなかにしか存在しない、そう思うと、それはそれで悪くないかというところで落ち着いた旅人を、遠くから羊たちが眺めていました。
2012年11月11日 10:56