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2012年03月18日

第479回「パイとタルトとマトショーシカ」




第九話 夢のあとに



「実を言うと、この街に過度な期待は抱いていませんでした。たまたまフィンランドから来やすかったということもあり、寄り道にすぎなかったのです。しかし、ついでではあったものの、ここへ来て意識は変わりました。すっかり魅了されてしまいました。ラエコヤ広場の青空、石畳の感触、しあわせの音、シナモンの香り、すべてが僕の心を捉え、もともとは1泊のはずが、23泊と、抜け出せなくなっていました。こんなに素晴らしい街だったとは。もう、寄り道ではありません。せめてこの街の空気を持って帰ることができたなら。日本へのお土産として、みなさんの笑顔を持って帰ることができたなら。さぁみなさん、どうか日本にみなさんの声を。この小さな機械が日本だと思って、ここに向かって叫んでください!!僕がかならず日本に届けますから!!」





そして大観衆の「Hello!」がラエコヤ広場に響き渡ります。僕は大きな拍手にのって空へと飛んでいきました。想像ではこれくらいのイメージだったのですが、理想はあくまで理想。完璧なスピーチは旅人の夢のなかでの単館上映に留まりました。パッチワークの英語。サンタクロースのサポートがなかったらどうなっていたことか。唯一、単身でステージにあがろうとした精神力だけは褒めてあげましょう。





「いま、何時?」





勇者のレコーダーを手にしたまま眠っていました。





「もう少し取りに行こう!」





今日は土曜日、昨日よりもいるかもしれません。ステージ上でこの街への想いをうまく伝えられなかった悔しさが僕を、真夜中の街へと向かわせました。





「わぁ…」





ホテルをでた僕を待っていたのは、それまでとはまったく違う光景。真っ白な世界。石畳の街がすっかり雪に覆われています。だれかが上から粉チーズをかけているように、まっしろなパウダーが降りそそぐ旧市街は、タルトはパイよりもおいしそう。連なる三角屋根がどれもふわっとしています。真っ白な童話の街。歩くたびにキュッと音がします。





 そういえば、この街は、建物の低い位置にも窓があります。半地下というか地下室というか、部屋から道行く人の足元が見える位置。地面に埋め込まれるような窓枠が、この街の童話指数を高めているようです。





「今日はすごいな…」





お店の前に若者たちがあふれかえっていました。これも昼間とは違う光景。昨日よりも賑わっています。





「そうか、日本人か!どうして来たんだ!」





「いまから飲みにいくんだけど、一緒にこないか!」





「日本にも行ってみたいんだけど、高いんだよ!」





「待って、もっかいやらせてくれ!」





英語だけでなく、エストニア語、日本語、アルコール混じりのたくさんの言葉が、この小さな機械にはいっていきました。もはやこの機械も酔っぱらっていることでしょう。





「これください」





もう3度目の来店。こんな遅い時間でもやっていました。静かに音楽が流れる真夜中のカフェ。すっかり気を大きくした旅人は、3つ目の大陸の開拓に挑みます。これはなんというタルトなのでしょう。雪のように白いパウダーが積もっていて、その下にはレアチーズケーキ、ときどきラズベリーのような色が顔をだします。





「うん、おいしい!」





達成感が美味しさに拍車をかけます。もはや、行きつけのお店。すっかり外で冷え切った体を、ミルクティーが足の先まであたためてくれました。





 





 



2012年03月18日 10:50

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