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2011年10月15日

第462回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」

4話 虹の気配

「やっぱり…」

 僕の目に映っているのは大地にしっかりと両足をつけて立つ虹。空の入り口のようにまぁるいアーチがくっきりと浮かび上がっています。東京でも時折見ることはできても、なかなか端から端までというのは難しいもの。それに、カメラを準備しているうちに消えてしまいますが、ここでは遮るものがないので麓から麓まで目で追いかけることができるうえ、そんなに慌てなくてもレンズを向けるまで待っていてくれます。それどころかしばらく追いかけながら車を走らせられるほど長い付き合いになるのです。夢の国の入り口。たとえ背後でも気づくほどの存在感。気配の正体はこれだったのです。

「まただ!」

 この島で車をとめるのは、信号ではありません。羊たちや虹が車をとめる国。ただ、いくら虹でもあまり登場頻度が高いと遭遇する側の感動も薄まってしまいかねません。旅行中だからキープできるものの、ここに住んでいたらなにも感じなくなってしまうのでしょうか。そこらへんは虹サイドも上手にプロモーションしてもらいたいところです。そうして、いくつもの虹を潜り抜け、マシュマロたちに声をかけながら走っていくと、車はまた光輝くものに遭遇しました。のどかで静かな街、ブーザルダールルです。

「お昼ごはんにしよう」

 一年ぶりの街。ここもアークレイリなどと並んでお気に入りの場所のひとつです。なにがあるかというと、なにもありません。人口数百人ほどの小さな町は、ちょっとしたスーパーとちょっとしたレストランとあとは青空だけ。そのなんともいえない雰囲気に、初めて足を踏み入れた瞬間、心を奪われてしまったのです。

「ハンバーガーとスープと…」

 そしてフレンチフライ。いわゆるポテトですが、これは海外での必須アイテムで、アイスランドでよく口にするもののひとつ。外国の食事は口に合わないケースが少なくないですが、比較的はずれないのがこれ。量がびっくりするくらい多かったりすることもありますが、まず口に合わないことはないでしょう。海外ではポテトを食べろ、という先人たちのおしえに習い、地元の人たちに混ざってポテトを口に運んでいました。

「さぁ、まだまだ先は長い…」

 ソフトクリーム越しに海が見えています。北欧の海というとあまりイメージはないかもしれませんが島なのでとうぜん海に囲まれ、場所によっては砂浜もあります。クリーム色の砂浜こそ広がっていますが、やはりどこか南国と違う印象。水着ではしゃぐ人たちの代わりに、毛皮をまとった白いマシュマロたちがはしゃいでいます。いったい、どこからやってきたのでしょう。ここでも風に揺られる羊たちの姿がたくさん見られます。

「まだまだ先は…」

 氷河が削ったフィヨルドの地形は手の指のように入り組んでいて、いけどもいけどもなかなかたどり着けません。ブーザルダールルを出てどれくらいたったでしょうか。時折現れるマシュマロたちに気持ちをサポートされながら、ようやく今日の目的地ラートラビヤルグに到着すると、そこで待っていたのは断崖絶壁と天気予報どおりの雲一つないクリアスカイ、そして車を吹き飛ばしそうな強い風でした。

 なぜ海を見たくなるのでしょう。なぜ安心するのでしょう。島の西端に位置するこの場所から眺める海や夕日はずっと昔から変わらないのでしょうか。地面に背中をつけて、まるで地球を背負うように寝転がりました。青一色になった視界を鳥が通過していきます。オーディオプレイヤーからこぼれた音が、耳の穴からはいってきました。いま見えている色や肌で感じている空気、におい、すべてが音に刷り込まれていきます。そして僕の体をとりまく環境をすべてダウンロードし終える頃には、瞼を閉じて眠っていました。

「くすぐったい!ちょっとやめて!」

 草原で寝息を立てる男の顔をひたすら舐めまわす羊たち、そんな夢でも見ていたのでしょうか。ほんの数分ではありましたが、地球全体をベッドにしたような、とても贅沢な昼寝でした。まだ昼間のような明るさではありますが、時計はもう18時。ここから大きな移動は体力的にも厳しいので、このエリアで泊まることにしました。

「きっと空いてるでしょ」

 断崖絶壁から車で20分ほどのホテルに向かっていました。ホテルというよりバンガローという感じですが、そこは以前泊まった際の夕食時にピアノを弾き、翌日は早朝にもかかわらず、娘さんにサンドウィッチを作ってもらった思い出の場所。別れ際に発した「また来ますね」という言葉を社交辞令にしたくなかったので、また来ちゃいましたと挨拶がてら泊まれたらと。覚えているかどうかはわからないけれど。しかし、そんな思い出に浸る旅人の行く手を阻むものが現れました。

「あれはなんだ…」

 まるでポストカードのような光景。オレンジ色に染まる教会と陽光に輝く海。牧草地帯で戯れる羊たちを夕日が照らしています。現実とは思えない幻想的な世界。あの白い建物は宿泊施設なのだろうか。ゆっくりと坂を下りていくと、壁面に夕日の絵が描いてあります。

「どうしよう…」

 やはり宿泊施設のようです。心が大きく揺さぶられています。とても惹かれる世界ではあるものの、やはりあのときの恩を捨てられません。しかし、ここに泊まればきれいなサンセットをマシュマロ越しに眺められるはず。なにより壁の絵がその美しさを物語っています。

「決めた!」

 やはり恩を捨てられなかったのでしょう、車は再び坂を上り、赤い屋根の教会をあとにしました。

「これでいいんだ、これで…」

しかし、彼を待っていたのは誰も予想だにしない現実でした。

2011年10月15日 22:54

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