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2011年10月09日
第461回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第三話 再会
まるで水槽のなかにいるような青空、東の低い位置からは太陽が照らしています。大地を分けるようにただまっすぐ伸びる道。ときおり現れる行き先を示す黄色い看板が、旅の気分を高めてくれます。イーサフィヨルズルにせよ、アークレイリにせよ、飛行機なら一時間もかからずに到着できるところをわざわざ車で行くのには、いくつか理由がありました。小さな飛行機が苦手ということ、のんびり音楽を聴きたいこと、そしてもうひとつ。むしろ、そのためにここへやって来たといっても過言ではないかもしれません。
「いた!!」
もうおわかりでしょう、それは羊たち。まるで緑の絨毯の上にたくさんのマシュマロをばらまいたように、真っ白な羊たちが一面に広がっています。それらはだれがどう見てもマシュマロと言わざるをえないほど丸々として、ふわふわして、特に好きなのは、牧草地帯にぺたっとおなかをつけて寝ている姿。顔が見えないほど毛並みに覆われて、たったいま空からぽとぽと落ちてきたかのようにぽわんとしています。その愛らしい姿は思わず抱きつきたくなるほど。地球の素顔があろうが、巨大な滝や温泉があろうが、この白いマシュマロたちがいなかったら、こんなにも足を運んでいなかったでしょう。それくらい重要な存在なのです。アイスランドになにしにいくの?と訊かれたら、口からは違う言葉がでたとしても、頭の中には確実に白いマシュマロの姿が浮かんでいます。間違いなく、彼らに会うために訪れているのです。
「よかった…」
今年最初のマシュマロに、安堵に似たものものを感じたのは、あまり時期が遅いと羊たちの姿も少なくなってしまうから。だから一年ぶりの再会は、七夕のそれのようで、発見するまで緊張するのです。ほんのり茶色がかった牧草地帯に風に揺られながら草をはんでいる羊たち。まさにこの光景が、僕を飛行機から遠ざけるのです。
羊毛はこの国の重要な産業なので、いたるところで放牧されているのですが、まるで国中で放牧されているかのように、あらゆる場所で見かけます。それに
放牧といっても、いわゆる柵がある牧場のようなところで飼われている感じではなく、柵はあるのだけど気持ち程度なので、道で寝そべっていたり、横断しているマシュマロたちをよく見かけます。3頭単位で行動することがおおく、親子並んで歩く姿は心がなごみ、また、逃げ出したのか、彷徨っているのか、いったいどこかた来たのか、どんなに荒涼とした場所でも彼らの姿はあり、本当に空から降ってきたかのよう。どんなときでも黙々と草を食んでいる彼らの姿は、たまに襲われる孤独感や寂寥感らを吹き飛ばしてくれるのです。
「おーい!」
これが羊たちとの接し方。何度か触れていますが、通過する際に車の窓をあけて大きく声を掛けるのです。すると、地面に口をつけている羊たちが一斉に顔をあげてこちらを向くのです。動物たちと通じ合う瞬間。車の音には反応しない彼らも、人の声には敏感で、どんなに遠くても顔をあげます。もちろん、車から降りることもあるのですが、羊たちの群れのたびに降りていたらなかなか進むにすすめません。それでも、たまらず降りてしまうのですが。
「おーい!!」
風が、遠くにいる羊たちまで、声を運んでいます。もはや気分は羊飼い。だから、帰るときはとても胸を締め付けられるほど寂しくなります。とくに決まった羊たちがいるわけではないのに。できることなら、羊たちをぜんぶ連れて帰るか、こっちで羊飼いとして生活したいほど。いまはビジターの羊飼いといったところでしょうか。
雲や、山に映るその影さえも羊たちに見えています。視界に映る白いものはすべてマシュマロじゃないかと反応してしまう。そういえば、この島の形も羊に見えなくもありません。眠れない夜に羊を数えたら、さらに興奮して余計眠れなくなってしまうでしょう。毛並みが風に揺れています。これまでにどれだけ声を掛けたことでしょう。あんまり声を掛けすぎて、いまでは頭が羊のよう。ビジターの羊飼いはやがて羊になってしまうのでしょうか。しばらく車を走らせると、彼はまたあるものに遭遇します。これも、この島の名物。
「もしかして…」
なんだかそんな気がしました。そんな気がして振り返ると、やはりいました。いつも気配がするのです。気配がして振り返れば、彼はいつもそこにいる。僕はエンジンをとめ、車から降りました。
2011年10月09日 09:35