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2011年10月02日
第460回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第二話 ゲームの行方
目を覚ますと、小さな時計は3時をまわったところ。外は暗く、ライトアップされた教会の前で勇者はまだ出発していない様子。上着を羽織り、右側のポケットにカメラの重みを感じながら外にでれば、さっきより冷たい風は手袋を取りに戻ろうか迷うほど。そういえば、前回は「気合がなくなるから」という理由で持ってこなかったカメラを今回はなんの迷いもなく手にしているのは、決して意味がなかったからではなく、たとえばこうして思い出す際の道具のひとつとして役に立つからで、前回の実験が失敗だったからではない、と信じています。しかしながら、持っているとどうしても使わずにいられず、これまで何度も撮影したものだというのに、まるで初めて出会ったかのようにレンズを向けてしまう。そうして、2011年版の教会やエリクソン像がカメラにおさめられると、なんだか気になるものが視界にはいりました。
「なんだろう…」
真っ暗な空に浮かぶ白い影。雲のようですがどうも違う気がします。風に流されるというよりは、浮かび上がったり見えなくなったり。
「もしかして、これって…」
ホテルまで送ってくれた人の言葉が頭をよぎります。しかし、目を凝らして見ようとすればするほど、周囲の光りのせいでよく見えず、月明かりさえ恨みたくなります。暗い場所を求めて歩いても、首都だけに、なかなか明かりのないところがありません。でもたしかに浮遊する感じは、雲とは違います。
「もっと暗い場所なら」
見えているのかもしれません。電力を使用すればするほど、オーロラは遠ざかってしまう。しかし、このことは今回の旅のいい予感をさせてくれました。そしてなにより、天気のよさを物語っています。
「もう大丈夫かな」
だれもいないラウンジに、パンやハムが並んでいます。結局あのあと眠れず、シャワーを浴びて、7時ちょっと前。奥で昨夜の若者が準備をしています。これまでの旅で共通していることのひとつは、朝食がおいしいこと。トーストの焼ける香り。一枚目はただバターを塗るだけ。2枚目はハムをのせ、3枚目はそこにチーズが覆い被さります。運がいいと、サーモンなんかもあるのですが、今日はどうもなさそうです。
「国内線の空港まで」
国内線のそれは国際線と違い、市内に位置しています。タクシーの運転手さんに伝えると、青白く光るチョルトニン湖の脇を通り、教会を中心にコンパスで円を描くように走れば、10分ほどで到着。やはりここも懐かしさがシャッターを押してしまいます。鉄道のないアイスランドでは飛行機が市民の重要な交通手段。いくつかの航空会社のマークをつけた飛行機がこの島の上空を飛び回っているのですが、ここから北部や東部の街だけでなく、グリーンランド(デンマーク)にも行くことができます。ここはかつて、強風のために運転見合わせが続き、何時間も待ちぼうけをした場所。ずっとコーヒーを飲んでいた席はいまもあり、いまとなってはいい思い出。あの頃はこんなにも来るとは思っていなかったでしょう。でも今日は飛行機には乗りません。
「いま空港についたので」
「わかった、数分でスタッフがいくわ」
「a few minutes」という言葉すら懐かしく、もしもそれが目に見えるものならおもわずレンズを向けていたかもしれません。一年ぶりのフレーズの余韻にひたっていると背の高い男性スタッフがやってきました。そうです、ここはレンタカーを借りる場所。ここからは自分で運転する旅になります。もちろんこのために国際免許も取得済み。借りる手続きも慣れたもので、レイキャヴィクの街に入り込むまで時間はかかりません。3日後の夕方までのパートナーは今回も日本で見かける車。かつてはcdがはいらずひと騒動ありましたが、もう大丈夫。左ハンドル右側通行にも抵抗はありません。
「油断は禁物!」
今回のように、気持ちに余裕がでてきたときが一番あぶない、そう言い聞かせて握るハンドルの向こうで強い日差しが降り注いでいます。教会も遠ざかり、次第に見えなくなりました。
地元のラジオが流れています。当然今回も世界にただ一つのコンピレーションアルバムは持参していますが、すぐには使用せず、一号線に乗るまでは地元のラジオを聴く、これがいつからかはじまったルール。いずれにしても、街中の風景にはラジオの音のほうがしっくりきます。
初日と最終日以外はホテルも行き先も決めていなかったのですが、なんとなく北部の街、アークレイリまでいこうと思っていました。そこはアイスランドのなかでもとくにお気に入りで、かわいらしい建物と豊かな自然が共存する、とても美しい水辺の街。しかし今朝になって、行き先を変更せざるをえなくなりました。朝食後のコーヒーを飲み終えたときのことです。
「え?」
目を疑いました。信じられない光景が僕の眼球に映し出されています。あんなに優勢だった太陽チームが、雨雲チームに巻き返されていたのです。幸い、力は拮抗していて、太陽がいくつか残ってはいますが、風向き次第ですべてひっくり返ってしまいそう。それに、北部のアークレイリはもはや雨雲チームに占領されています。この途中経過が、僕の気落ちを動かしました。雨を知っていてアークレイリには行きたくない、となると残るは西部か南部。いずれも車で訪れたことのある場所。どちらも太陽のマークが微笑んでいます。
「今日は長旅だ…」
車は国道一号線に乗ると、北へと向かいました。目指すは北西部の町、イーサフィヨルズル。その後のことを考慮すればそのほうが得策というのもありますが、最西端に輝く太陽のマークの引力にはかないませんでした。この一号線はリングロードと呼ばれ、山手線のようにこの島を一周している道。この道にはいると、まるで別の国かと思うほど景色が一変。建物や車はいなくなり、自然にすっぽりと覆われてしまいます。次から次へと迫ってくる巨大なショートケーキのような山々と、少し茶色がかった牧草地帯。徐々に緊張が高まってくるのが自分でもわかりました。
「果たしているだろうか…」
ラジオの音はなくなり、世界に一枚しかないCDが、回転していました。
2011年10月02日 11:49