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2011年10月29日
第464回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第六話 水と光のラプソディー
青色を薄めた空と山との境界線。オレンジ色のライン。地球の向こう側からやってくる光。ゆっくりと、夜から朝へ移り変わる時間。新しい一日が始まろうとしています。地球が回転して太陽が顔をだせば、すべての山の頂がダイヤモンドヘッド。やがて川や湖、大地に点在するすべての水面に溶けていくように、光が揺れています。湖たちの朝食。水と光の戯れ。異国の朝はいつも美しいですが、とりわけこの島は自然の偉大さを感じずにいられません。朝がいかに特別なものか。日常がいかに素晴らしいものか。目の当たりする自然の美。文明のありがたみは、ときに自然のそれを忘れさせてしまうのかもしれません。
目を細めるほどのまぶしい朝。陽光と格闘しながら海沿いの道を、昨日と逆方向に走っています。朝日に照らされるマシュマロたち。草を食べていたり、岩の上でのんびりしていたり。夕日を見て黄昏ているようなシルエットはまるでムーミンのエンディングのよう。太陽が映し出す朝のスクリーンは、都会とは違う時間が流れているようで、勿体なくて声をかけることもためらってしまいます。
「今日も長旅だ」
結局、同じ場所にずっといられないようです。今回こそはと思いながらも、ひとつの場所で数日間のんびりということができません。5回目にしてもそう。そのためにはやはり2週間くらいの滞在が必要なのでしょうか。早朝に出発したのは、今日の移動距離を考えてのこと。目指すはお気に入りの街、アークレイリ。これまでに何度も登場している響きですが、おそらくここから500キロ以上はあるでしょう。ちなみに天気予報はもう見ていません。安心したのではなく、もう気にならなくなったから。昨日一日に目にしたもので、なんだか今回の旅は満足点に到達。だから、晴れていようが雨だろうが、もうどちらでもよかったのです。では、ここからアークレイリまでの間、この島のことをおさらいしておきましょう。初回から読んでくれている人もきっと忘れているでしょうから。
まずエリクソンという人物。何度も登場していますが、彼はアメリカ大陸を発見した者。というとコロンブスじゃないの?となるのですが、実はそれよりも数百年も先に発見していたのです。コロンブスはインドだと思ったのに対し彼はその地(現在の北アメリカ大陸)をヴィンランドと名付けました。ちなみにこのエリクソンという名前にあるように、アイスランドでは名前の末尾に「ソン」をよく目にします。これは息子の「son」で、エリックの息子という意味。だから、レイブル・エリックソンは「エリックの息子のレイブル」ということになります。一方、日本でも親しまれているビョークの本名、ビョーク・クズムンヅドッティルの「ドッティル」は「daughter」、そう、娘です。クズムンヅさんの娘、ビョークということになります。つまり姓がないのです。現在では憲法も改正され、姓をつける場合もありますが、たいていの人が昔ながらのスタイルに習っています。シガーロスのヴォーカルはヨゥン・ソー・ビルギッソン。「ヨンシー」はあだ名。「春にして君を想う」の監督は、フリドリック・トール・フリドリクソン。ふざけているのではなく、この島での風習なのです。
「着いた!」
アークレイリではありません。西部と北部の中間に位置する高台の街、ブロンデュオス。長いドライブの間に現れる小さな街は、いつもきれいで心が和みます。サービスエリアこそないものの、ガソリンスタンドには売店やレストランが併設され、ドライブイン的な役割。日本でいう道の駅のようなものでしょうか。ここも何度か訪れたことのある場所で、ブーザルダールルに並ぶ印象に残る街。青空と建物と、言葉では表現できない空間的な美しさがあるのです。
「コーヒーとソフトクリーム」
これがこの旅でのゴールデンコンビ。途中、ブーザルダールルで食事をとっていたのでここはおやつタイム。空に揺らめく旗。この島は空が広いので旗がよく映えます。また、国旗が掲げられていることが多く、この島の住人である誇りも高いのでしょう。そして車はアイスランド第二の都市、アークレイリに到着しました。もう何度も登場している響きですが、初めて足を踏み入れた時の感覚はいまでも忘れられません。フィヨルドの入り江に浮かぶ大きな雲。山の麓に並ぶおもちゃのようなかわいらしい家。レストランや雑貨やさんなど、街全体がファンタジーの世界。いまでは吉祥寺に並んで住みたい場所としてあげられます。
「え?まだ行くの?」
行きつけのガソリンスタンドにいました。
「あたりまえでしょ。」
車と話しています。
「だって、今日はここに泊まるんじゃないの?」
「そうだけど、まだ時間あるでしょ」
給油を終え、スタンドを出ると、車は離陸するように山の斜面をのぼっていきます。ジェットコースターのように、いまにも空へ飛び出しそう。
「そんなに急がなくても」
「のんびりしていたら日が落ちちゃうから」
車は東へと向かっていました。道が暗くなってしまうのもありますが、日が沈む前に到着しておきたいのです。しかし、そんな道を急ぐ僕たちを妨げるものが現れました。
「もしかして…」
やはり気配がしました。
「どしたの?」
空にのびる虹。今回は一片だけかと思うと、やがて反対側まで伸びていきました。こうなるとスピードを緩めずにはいられません。やはりこの島で車をとめるのはこういったときなのです。
「間に合った…」
水色の世界が広がっていました。ここも毎年訪れる場所。それどころか毎日訪れたこともあります。アイスランドは火山の地熱を利用した温泉があり、レイキャヴィクのブルーラグーンは観光地としてとても有名なのですが、北部のここは穴場であまり知られていません。たった一人ではいることもあります。ネイチャーバスと呼ばれるこの水色の温泉は、周囲を荒野に囲まれた水上の楽園。アイスランドの一般的なイメージからはかけ離れているかもしれません。水色の温泉に夕日がとけていきます。水と光。こうして浸かっていると、果てしなく続く水色の海に、太陽が沈んでいくように見えるのです。
「最高だ…」
世界中の光を吸い込むように、太陽が沈んでいきます。水平線に沈むまぁるい夕日を眺めながら体を休める旅人を、銀色の車は外で待っていました。
2011年10月29日 17:01