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2010年12月19日
第431回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」
第十三話 風の滑走路
「馬だ…」
柵もなにもない道の脇に馬たちがオブジェのように並んでいます。アイスランドは馬も結構いて、立ったまま眠っているのどかな光景を運転中もよく目にするのですが、彼らもいまは眠っているようです。スマートな体型でなくどこか間の抜けた愛らしい馬たちが迎えてくれたのはロイヴァルホプンという小さな港町。確かに地図にも馬のマークが記されています。羊たちはすぐに逃げてしまうのに対し、馬はあまり逃げようとはしません。むしろこちらが後ずさりしてしまうほどじっと見つめてきます。朝もやに包まれたロイヴァルホプンはまだ起床前でどのお店も閉まっているようです。潮風で色褪せた建物と丘の上の小さな灯台。ここもおいしそうなオレンジ色をしています。絵画のようで、時がとまっているようで、静かな朝の風景が広がっていました。
「コーヒーとサンドイッチ」
ロイヴァルホプンから次のポルショプンという町までは海岸線をだいたい70キロ、車で1時間以上かかりました。そういえば、夜明け前のチェックアウトからここまで前にも後ろにも、すれ違う車も人もまったく見なかった気がします。この国ではそういったことが珍しくなく、羊を見ないほうが困難なのです。ちなみにホプンはアイスランド語で港という意味。アイスランドにはその言葉が付く町がいくつかあります。おそらく300人ほどの人たちが暮らしているこの港町は、くちばしを伸ばす雛のようなランガネース半島の付け根あたり。ここからくちばしの先端まではまだ50キロ近くはあるでしょうか。それに星のマークまでは太い線ではなく細い線。となると舗装されていない可能性が高いのです。売店の小さなラウンジで地図を広げる日本人を、地元の人たちが気にしています。飲み干したコーヒーカップをテーブルに置くと、未だ見ぬ灯台に向って出発しました。
「何色だろう…」
島の端っこにある灯台は一体どんな色形をしているのだろう。そしてどんな景色が待っているのか。そんなことを考えながら付け根からくちばしへと向っていくと、徐々に空の様子がおかしくなってきました。
「大丈夫かな…」
白からダークグレイへと変わった雲がこちらへ迫ってきています。風も強くなり、いつ雨に襲われてもおかしくない雰囲気。あっという間に霧がたちこめてきました。このまま進もうか、引き返そうか、どちらもなかなか勇気のいる決断。風に揺さぶられながら走っていると、遠くに見える光景に目を奪われました。
「なんだあれは…」
荒涼とした大地に突然灰色のアスファルトが広がっています。まさかとは思いつつも近づくにつれ徐々にその正体が掴めてきました。霧の中にあらわれたもの、それは静かに伸びる滑走路。誰もいない空港、というより飛行場というほうがイメージに近いかもしれません。機体のない滑走路は、まるで風が大空へ飛び立つためのそれのよう。ここからすべての風が世界へ飛んでいくのでしょうか。地の果ての飛行場。滑走路の脇には白い建物がありました。
「風の空港?!」
係の人の言葉に僕は耳を疑いました。
「そう、ここから風が世界へ飛び立つの」
「風が、世界へ?」
「えぇ、すべての風がここから飛んでいくのよ」
たしかにここには飛行機も乗客もいません。
「ここから飛び立った風は世界をまわってまたここに戻ってくるの」
ニューヨーク、パリ、ロンドン、掲示板には風の経由地が書いてあります。
「じゃぁ、あれは…」
「そう、風の滑走路ね」
「風の、滑走路…知らなかった、こんな場所があるなんて」
「知らなくて当然よ、世界でここだけなんだもの」
「ここだけ?」
「そう、ここは世界にひとつだけの風の空港、ほかにはないの。あ、もうすぐ戻ってくるわ」
大きな音とともに風が舞い降りると、窓ガラスが小刻みに揺れました。
「ゴーザン・ダイイン」
想像をめぐらしながら扉を開けると、外の荒涼とした世界とは裏腹に、中はきれいな歯医者さんのロビーのような明るい世界。数人の子供を連れた女性が二組います。もしかするとここは世界一小さな空港ラウンジかもしれません。いったい何人乗りの飛行機がやってくるのでしょう。
「ここに行きたいんですけど」
僕の指がくちばしの先端をさしています。
「2時間はかかるかもね」
やはり舗装はされていなそうです。
「あの車でも平気ですか」
ここまで連れ添った相棒を指差しました。
「えぇ、問題ないわ。でもきっと今日はなにもみえないわ。霧がすごいし、風も強いもの」
往復で4時間。晴れているならまだしも、いつ嵐に変わるかわからないような風。真っ白な霧のなかにそびえたつ海辺の灯台にも惹かれますが、身の危険を感じなくはありません。とはいえいつでも来られる場所ではありません。いま行かなかったら一生いくことはないかもしれません。しかしここで諦めたら…。風の滑走路を眺めながらしばらく考えてました。
「やめておこう」
想像の余白を残しておく。すべて見てしまったらそこで満足してしまう。そう信じて今日はあえて勇気ある撤退の道を選びました。でも、見ていなくても、頭の中にその灯台は存在しています。霧の立ち込める地の果ての灯台。きっと霧に消えないように鮮やかな色をしているかもしれません。鳥たちが周囲を飛び交っているのでしょう。これからの時の流れにのっていたらいつかその場所にたどり着くかもしれません。そんな楽しみを得ることができただけで人生は幸福に感じられるのでしょう。
「ソフトクリームひとつ」
もうこれで何個目になるのでしょう。ポルショプンを離れた僕は次のヴォプナフィヨルズルという入り江の町に辿りつきました。風も収まり静かに湾が広がっています。誰もいない売店のラウンジ。フィヨルドを眺めながらコーヒーと真っ白なソフトクリームが舌にとけていきます。衝動的にはじまった夜明けのドライブは、夢の中のような不思議な世界を旅したようでした。雲がまた、ゆっくりと動き出しました。
2010年12月19日 14:22
コメント
こんにちは、はじめまして、
エミと申します、
アイルランドとアイスランドについて調べていたのですが、
ふかわさんがアイスランドに旅を何度もしていると番組で言われていたのを思い出して、こちらへお邪魔しました、
私は昔からアイルランドが好きだったのですが、
ふかわさんのアイスランドの話を聞いてから、アイスランドにも興味を持つようになりました、
気分転換に旅行をしてみたいのですが、1人ではとても勇気がありません、
知り合いが現地に居るならまだしも・・・、
人生、生きてるといろいろ有り過ぎて、
気分転換に行ってみたいです・・・、
自然に思いっきり触れてみたいです・・・、
といっても、私が住んでる所も自然が多いんですけどね・・・☆
でも、なんか違うんです、
日本を飛び出したいっ!!!という気持ちがあるからでしょうね☆
いろいろお話を聞かせて頂きたいなと思っております、
もし良ければ、またお話を聞かせて下さい☆
アイスランドに出会わせて頂き、本当に有り難うございます☆
投稿者: ☆エミ☆ | 2010年12月19日 14:51
滑らかな文章を、いつも心の中で着色しながら読んでいます。
風の滑走路では想像力も全開。体も一瞬時に世界中へ行けそうですね。でも踏みとどまる勇気も大切・・・。 灯台は心の中も照らしてくれるような、たどり着きたい存在。 点在しているその建物と、景色を感じることで、詩人のスイッチが入りそうな気もします。
昨日のラジオでは、声がいつもよりテンションが高く思えてよかった! 80歳で笑っていられるように、毎日を積み重ねていきますね〜♪
投稿者: アトリエのピンクッション | 2010年12月19日 16:33
好きな色の一つに、ちょっと濃い目の「オレンジ色」があります。私のダーク系ばかりの服装のアクセント小物として効かせ色となるからです。また、色覚的にも元気が出そうなビタミンカラーだからです。私が好きな理由と合致しているかはわかりませんが、やはり濃い霧の中でも灯台が目印となる為の色使いなのでしょうか。
「風の空港」。世界の風はここから運ばれる。考えた事もありませんでした。素敵な空港ですね。その風に乗って色々な世界を飛び回ってみたいです。日本では春の時期に桜吹雪を起こしてみたいですね。
ロケ兄の一人旅、素敵な発見や出会いがあったり、素晴らしい旅行ですが、くれぐれも無理はしないで下さいね。本当に危険と隣り合わせの場面が多いみたいです。
海外での夜明けのドライブ。風景や気温や空が明るくなる過程は中々経験できる事ではないですね。羨ましいです。自分だったらどんな事を感じ、何を思うんだろうと考えるだけでワクワクします。
まさに「雲は流れて」ですね!
投稿者: ラブ伊豆オール | 2010年12月19日 18:17
日本では味わえないすごくいい経験をしておられると思います。
できる事なら自分もいってみたいです。
投稿者: モテる方法 | 2010年12月22日 16:11
せわしなくなるこの時期、読み返すといつも以上に時間の流れがゆっくりになります。
言葉に乗って意識が旅をしているなら、ここは言葉の空港になるのかもしれないですね。
そういう意味でも、言葉=運送会社は本当だなぁと思いました。
日本のクリスマスはすべてが華やか過ぎて、最近はなんだか少し疲れてきます。
アイスランドのそれはどんな雰囲気なんでしょう、いつか見てみたいです。
投稿者: ひょう | 2010年12月24日 06:56