« 第429回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」 | TOP | 第431回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」 »
2010年12月12日
第430回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」
第十二話 永遠と一日
できたての朝の空気に包まれながら車は海岸線を走っていました。窓を開ければひんやりとした風が車内を一回りして飛び出していきます。緑のパウダーの上に盛り付けらるように牧草地帯に群がる白いマシュマロたち。でも気持ちを和ませてくれるのはそれだけではありません。ここでも自由に飛びまわる鳥たちが視界に飛び込んできます。まるでシンクロナイズドスイミングのように空を泳ぐ姿は、まるで誰かに見せようとしているかのよう。どうしてこんな風に飛ぶことができるのか、いったいなにを感じているのか、鳥たちには悩みも迷いもなさそうです。そしてこののどかな光景を、誰かが脱脂綿をかぶせたように、ふんわりとした雲が覆っています。同じ曇り空でも今日は明るい真っ白な空。なんだか晴れてきそうな気がしてきます。
太陽の居場所を探していると、遠くに民家らしきものが見えてきました。家のような小屋のような、これまでにない色使い。少なくとも灯台ではなさそうです。魔法にかけられたように、そこから目が離せなくなっていました。
「なんだろう…」
何もない海沿いの牧草地帯にぽつんと置かれたおもちゃのように小さな建物が、ゆっくりと左の車窓を流れていきます。まるで海を眺めているようなその佇まいに、車窓から消えても頭の中は支配され、もはやこれ以上進むことができないくらい心がぐいぐい引っ張られます。銀色の鉄の塊は、フックされたゴルフボールのように来た道を戻っていきました。
「こんなところに」
まるで童話の世界にいるようでした。道路から海に向って延びる砂利道の先にあるのは赤いトタン屋根の小さな家。赤といっても単なるそれではなく、潮風を浴びて色褪せた、年季のはいった赤。そこからいまにも煙を吐き出しそうな小さな煙突がのびています。灰色の石の壁には白い木で囲われた四角い窓がふたつと木製の入り口。まるで子供がクレヨンで描く家。果たしてこれは現実の世界なのでしょうか。日本からやってきた靴が一歩ずつ童話の世界へと歩み始めました。近いようで遠い道のりは、風と呼吸と石がぶつかり合う音。ちょっとずつ建物が大きくなってきます。そして10分ほど歩いたでしょうか。目の前に、ふたつのかわいらしい家が兄弟のように並んでいました。
「誰か住んでいるのかな」
ここで人が暮らしているのでしょうか。荷物置き場とは思えません。時間も早いのでさすがに戸を叩くわけにもいかず、舐め回すようにじろじろと眺めてしまいます。ここで生活していたらどんな気分なのでしょう。どんな色彩が待っているのでしょう。文明から切り離された生活は些細な自然の変化を敏感に感じるはずです。こんなにも海が穏やかな表情を浮かべているなんて。遠くに羊たちの姿も見えます。いまにも犬が飛び出してきそうな静寂。ひょっとしたらいま、未来の自分の姿を見ているのかもしれません。この扉の向こうに未来の自分がいる。この扉をノックしたら80歳になった僕が現れる。そして僕が80歳のときに、30半ばの僕がここにやってくる。
「そうだった…」
さすがにこのときばかりはカメラがないことを悔やみました。でもその分、心のメモリースティックにはきっと色濃く残っていることでしょう。一生消えることもありません。小さな家を離れた鉄の塊はまた、まっすぐの道を進んでいきました。鳥たちが一列になって飛んでいます。観光地でもなんでもない誰かの生活は僕にとって永遠になりました。
2010年12月12日 00:33
コメント
海と牧草をバックグラウンドに佇むトタン屋根の小さな家。青と緑と赤のコントラストが美しいですね。その家に息づく暮らしとは一体どんなに素晴らしいものなのでしょう。
そこにはスマートフォンもパソコンもデジカメもなく、必要最小限の家財しかなくとも、豊な自然と人間とが融合されて、平穏な生活を送る事ができるのでしょうね。
私もアイスランドか日本かはわかりませんが、可能であれば海が程近い場所で老後の生活を送りたいと願っています。
心の安らぎを得られる場所を、この壮大な世界の中でロケ兄は「アイスランド」という土地を見出したのですね。そのような、私の心を掴んで離さないような場所を私もこれから出会えたらいいなと思いました。夢と同じように、見つけるまでが大変なのですものね。
投稿者: ラブ伊豆オール | 2010年12月12日 13:03
旅の途中に遭遇する絵葉書の世界には、やっぱり引き込まれますね。
「80歳になった僕と、30半ばの僕」が交錯するところで、映画「ベンジャミン・バトン」を思い出しました。訪れた場所は、思い出と共にメモリースティックに大切にしまっておきたい・・・。いつか暮らしたい場所の、候補に選ばれるかも知れませんものね。
永遠につながる一日が、これからもいくつ見つけられるか、楽しみですね〜!
投稿者: アトリエのピンクッション | 2010年12月12日 15:09
心のメモリースティックは、容量の条件もないし、間違いで消えることもないし、永遠に保存できるすてきなものですね。
「永遠」をたくさん見つけたいなあ!
投稿者: チオリーヌ | 2010年12月12日 21:22
カメラがなくても、
ちゃんとご自分の中でシャッターが押されているのですね。
永遠だなんて...すごい。
投稿者: サルキ | 2010年12月12日 22:36
誰かや何かによって、自分の価値観や行動に変化が現れる瞬間。そしてそれは相手の知り得ないところで。
こういったことはきっと連鎖していくのですね。
生かし生かされていく世の中、感謝するべきものがたくさん浮かびました。
投稿者: ひょう | 2010年12月17日 08:27
はじめて読みました
表現の仕方が羨ましいと思いました。ちゃんとイメージしながら読めました。内容よりも表現力が私は気に入りました(笑)勿論、内容も良かったです♪
投稿者: いくみ | 2010年12月19日 05:09