« 第424回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」 | TOP | 第426回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」 »
2010年11月07日
第425回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」
第七話 雨と風のラプソディー
叩きつけるような雨が町を濡らしていました。水彩画のように四角い建物たちがぼんやりと丸みを帯びて浮かんでいます。綿のような厚い雲が空を覆い、まるで閉じ込められてしまったかのよう。いくら去年が晴れていたからとはいえ、ブーザルダールルのように空は僕に都合よく晴れてはくれません。
「どうしよう」
ガソリンスタンドのラウンジの窓は雨に打たれるフーサヴィークを映しています。ここはアークレイリから100キロほど離れたアイスランド北部の港町。夏にはホエールウォッチングなどの観光客で賑わうようですが、時期的なのかこの雨のせいか、港の船たちは静かに佇み、去年とまるで違った印象を受けます。雨があがるのを待っていようか、雨のなかさらに北へ進むか。町を散策してもいいのだけどこの雨ではどうも気分が乗りません。一日はまだはじまったばかり。コーヒーが、軽めの途方にくれる男ののどを通過していきました。
「コーンのほうで」
今日はどうやって過ごすべきなのか、途方にくれる彼が選んだのは、とりあえずソフトクリームを食べること。運転の疲れもあって、旅の間はアイスクリームを食べることが多く、なにかと節目節目に購入してしまいます。とくにソフトクリームはフライドポテト同様、味で違和感をおぼえることもなく、安心して食べられるのです。フィンランドもそうでしたが、北欧の人たちはアイスクリームが好きなのか、お店には大抵アイスのケースが置かれています。
「よし、行こう」
糖分の力が、僕にさらに進むことを決意させました。でも当てはありません。ただ雲の切れ間を求めて。町を出るとすぐにジェットコースターの最初のような道がたちはだかり、駆け上がると目の前に海が広がりました。フーサヴィークの北東は、ボタンのように突き出したチョルネース半島。その周囲を指でなぞるように道が伸びています。舗装はされているものの崖の上。走っているとこのまま海に投げ出されてしまいそうな感覚になります。スローモーションのようにゆっくりとしぶきをあげる波。まるで島全体が船で進んでいるかのよう。あまりにも大きな海は島ごとのみこんでしまう生き物のようにも見えます。しばらくすると、ちょっとした休憩所が現れました。
空に飛び出すように突き出た崖の上の休憩所。といっても、売店もなにもありません。ここはかつても訪れた場所で、あのときは天気に恵まれ見晴らしもよく、地球の端っこまで見渡せました。まるで水槽にはいっているような澄んだ青色に包まれていましたが、今日はすっかり灰色で、光の入り込む余地もありません。
「ちょっと出てみよう」
風に車が揺れています。ちょうど小雨になったのでドアをゆっくりあけるとその隙間から大量の霧雨まじりの風がはいりこみ、風圧でいっきにドアが全開になります。閉めることも容易ではありません。立っているのも精一杯で、ちょっと油断したら飛んでいってしまいそうです。やっとのおもいでたどり着いた数メートル先の柵からは、眼下にしぶきをあげて崖にぶつかる波。風に乗って雨がミストのように動き回っています。気持いいもののあっというまに服はびしょびしょ。雨粒が大きくなるともう車に逃げ込まずにはいられません。まるで風が追いかけてきたように、車がひっくり返りそうなほど揺さぶられます。ヘッドホンをつけて、もうしばらく果てしなく続く大海原を眺めていることにしました。
「さぁでておいでよ!」
どこからか声がきこえてきます。
「ねぇ、そんなとこで寝てないで、でておいでよ」
それは風たちでした。風たちが大きな鉄の塊を揺さぶっています。
「こんなすごい風じゃでられないって」
「大丈夫。僕たちがいいところに案内するから」
「いいところ?」
風の誘いに、仕方なく男は車から降りました。
「さぁこっちこっち!」
「ちょっとまって、足が」
風に押されて男は大地がもうすぐ途切れてしまうところまで来ました。
「待って待って!落ちちゃうって!」
「さぁ飛び込んでごらん」
「なにいってんの、そんなことしたら死んじゃうよ!」
「大丈夫、僕に乗るんだよ」
「キミに?そんなの無理だって。だいいち僕にはキミが見えない」
「信じれば見えるから」
男は目を見開きました。
「だめ、なにもみえない」
「目を閉じて…」
男は静かに目を閉じると、思い切り息を吸い込んでそれをぜんぶ吐き出してから、大きく手を開いてドミノが倒れるように体を前に預けました。風に乗るどころか体はそのまま水面に落下していきます。
「風が運んでくれる…」
ゆっくりと目をあけるとそこは大海原の上、なにもない場所に体が浮かんでいます。
「ね、信じれば見えるんだよ」
「っていうか、もっと早く乗せてくれなきゃ!」
男は風に煽られながら海の上をまるで水上スキーでもするように走り回りました。さっき乗っていた車が遠くに見えます。
「どこか行きたいところある?」
「そうだなぁ」
そういって男は真上を指差しました。
「うえ?」
「うん、あの雲の上まで連れてってよ」
「よし、オーケー!」
そういうと、風は男をのせて雲に向かって一気に上昇していきました。
「うわ、すごい!」
「ちゃんとつかまってて」
二人は灰色の世界を突き抜けていきます。
「こんなに分厚いんだ!」
ようやく雲の層を抜けるとそこには燦燦と輝く太陽が待っていました。
「まぶしい!」
真っ白に光る太陽、そして透き通る水色の空が広がっています。鳥たちがときおり通過していきます。
「ここに晴れ間があったのか」
雨と風が、晴れ間を夢見る男を誘うように、車の周りで飛び回っています。ヘッドホンからシガー・ロスの音が流れていました。
2010年11月07日 12:02
コメント
ロケ兄がアイスクリームを食べながら行き先を思案している姿を想像すると、自然に私の顔に笑みが浮かんできます。
ロケ兄のアイスランド紀行を読んでいると小さな子供の絵本を読んでいるような、そして車のCMに出てきそうな映像を彷彿とさせてくれます。このお話を子供の頃に寝る時に読み聞かされたらきっと、ハッピーな夢を見ながら眠りに就く事ができるんでしょうね。ピーターパンが自由に空を飛び回るように…。
雨と風との合間にある晴れた空とシガー・ロス。まるで夢と現実との対比する現象のようですが、実はシガー・ロスの音楽にこの光景が見事にフィットしているように思います。音楽って本当に素晴らしいですね!
投稿者: ラブ伊豆オール | 2010年11月07日 14:11
子供の頃読んだ絵本のような感覚。 大海原を前に幻想的なストーリー ですね〜。 こういう想像力は、旅に出かけて こそ働くようになるのかもしれま せん。 今週も言葉の宝物をありがとうご ざいました。 ふかわさんの声は、心に響きます ね〜。 アイスランド紀行文が、 朗読になったらうれしいです。 どうぞ お体を大切に!!
投稿者: アトリエのピンクッション | 2010年11月07日 15:24
雲の上にわたしも連れて行ってもらいたいですー! 分厚い雲が今わたしを覆っています…ぐぅ…
風邪早く治るといいですね。お大事に!
投稿者: チオリーヌ | 2010年11月07日 19:50
なんだか・・・
ネバーエンディングストーリーが浮かびました。
5分間のショートムービー。
読み終えて見上げた昼間の空はとても青く、じんわりこみあげたものが今、読み返した夜空の下で静かに、流れました。
人はみんな、もちろん自分も、晴れ間を夢見て生きてる。
でもそれは、そんなにおおげさじゃなくても、「ここにあったのか」と、気づくことができたら。
そんなことを思いました。
雨と風のラプソディ。
リピート、かけます。
投稿者: ひょう | 2010年11月08日 04:31
景色が見える音楽ていいですよね!シガーロスの曲を聞いたら、ファンタジーの世界にいるような気分になります。
投稿者: カツヤス | 2010年11月09日 16:34
「ここに晴れ間があったのか」
いい言葉です。太陽を探して旅をする男の物語を昔読んだ記憶があります。熱い珈琲が飲みたくなりました。
投稿者: アキコ・ハミング | 2010年11月13日 08:53