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2010年10月31日

第424回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」

第六話 朝もやのなかで
 時が止まったように、町は静寂に包まれていました。冷えついた空気、町の明かりを映す水面、まるで周囲に気付かれないように雲だけがゆっくりと移動しています。例年通り、日に日に起床時間が早まり、目覚めた時間から朝食まではまだ長い道のり。どうにも寝られないし、寝るのがもったいない気持ちが僕を外に向かわせました。白い息を風が奪い去っていきます。誰もいない静かな時間。夜明け前のアークレイリは寝息をたてて眠っているようです。太陽の気配を感じないまま、冷たい空気にすっかり目も覚めてしまいました。
「羊たちはどうしているかな」
 小さい頃、家で飼い始めた犬が気になって夜中に起きて確認しにいったあの頃のように、なんだか無性に会いたくなってきました。たしか車で5分くらいのところに羊たちのいる場所があります。すっかり冷えきった車内にほてった体がはいると、エンジンの音が静かな町に響きました。
「ここらへんかな」
 音をたてないようにドアをしめます。もしかしたら夜中は小屋に戻っているかもしれません。次第に目が慣れてくると、目の前にマシュマロたちが浮かびあがってきました。そして遠くの方まで。さっきまで寝ていたのか、もう草を食べている羊もいますが、それよりもじっとしている羊たちのほうが多いようです。馬は立ったまま寝ているのをよく見かけますが、マシュマロたちはいったいどんな風に寝ているのでしょう。ときおり、会話をするように鳴き声が飛び交います。声を掛けてしまうと群れ全体で動き出してしまうかもしれないので、なにもせずただ身を屈めてじっと眺めていました。
「もうちょっと近づけるかな」
そう思って一歩踏み出すと、羊たちがこちらを見つめています。
「大丈夫、悪い人じゃないよ」
 近づきたいけどこれ以上進んだらこの朝ののどかなひとときを壊してしまうかもしれない。それに前回の旅で学んだことは、マシュマロは感じるもの、羊たちも自然の一部なのです。風のようにとらえることはできない。そう思うとこれ以上距離を縮められません。そうしているうちに暗闇が、水を足されたように薄まってきました。
「ここいいかしら?」
 朝食の部屋は、はじまりとともに賑わっていました。続々と年配の人たちがやってきてあっというまに席が埋まります。ツアー客なのか、テーブル越しに言葉が飛び交っている中で、ひとりゆでたまごを剥いている黒髪の男の隣に、ドイツ人の夫婦がやってきました。
「飛行機がこわいから船で旅をしているのよ」
 国内線の飛行機で移動すればもっと効率的に旅もできるけどあえて車で移動している僕も同じようなもの。もちろん、旅は効率がよければいいというものでもありません。きっと船のスピードじゃないと見えない世界もあるはずです。3人ともパンにバターを塗っています。たいてい旅先で出会った人と話す場合、日本に来たことはありますか、日本人で知っている人はいますか、相手の国の映画の話、音楽の話などをします。共通の認識を探すのは人間の本能なのでしょうか。なにかでつながるとそれだけで人は嬉しくなるものです。受験英語で培われたペーパーイングリッシュが朝食の部屋を漂っていました。
「天気は大丈夫かな」
 ホテルを離れた車は、離陸するようにぐんぐん坂をのぼり、あっというまにアークレイリの町を見下ろしています。雲を突き抜けて空を走っている様な感覚。かと思えばジェットコースターのように一気に急降下。そんなことを繰り返しながら向かうのは、もう何度も訪れているゴーザフォス。ゴーザは英語のゴッド、フォスはフォール。神の滝という名前の通り、とてもダイナミックで壮麗な存在。アイスランドの好きな要素として欠かせないのはやはり滝。日本の観光地化された雰囲気も嫌いではないですが、ここで体験する滝はまさに自然そのもの。大きな看板も売店も、柵もありません。滝がそのままの姿で存在しているからより自然の力を感じるのです。まるで炎のように水しぶきをあげている姿はまさに神のよう、何度見ても飽きません。氷河が融けてできた大きな滝。そんな巨大な滝とひとり対峙していると、自然の循環を実感することは難しくありません。自然も人々もすべて水でつながっている、そんな気持ちになるのです。
「雨?」
 フロントガラスにへばりつくように水滴が落ちてきました。いまにも泣き出しそうな空はやはり雨を落としはじめたようです。周囲を見渡しても雲の切れ間は見えません。そして今日も彼らは大量の仲間をつれてやってきました。
「もしかしたら」
 あそこにいけば晴れるかもしれない、そう思って選んだのはフーサヴィークというホエールウォッチングで知られる港町。昨年訪れたときは気持ちよい空の印象があったので、ブーザルダールルのようにそこにいけば青空が広がる気がしたのです。しかし、その思いに反して雨はますます激しくなっていきます。青空だとのどかな風景も、厚い雲に覆われていると神秘的・幻想的に映ります。ただ、こんな雨も気にならないのか、マシュマロたちはいつものように緑の上でのんびりしています。あのふわふわは水分をスポンジのように吸収して少し重たそう。まるで洗車でもするように雨に打たれながら車は、灰色の空の下を走っていました。

2010年10月31日 09:28

コメント

夜明けの静寂、というだけで思い出される「あの頃」があります。わたしのそれは屋根裏天井の傾斜と猫の寝息とマゼンダに染まってゆく遠い空とそのうちに小さな玩具のよな始発電車が眠たそうにカタコト動き出す「あの夜明け」です。音を立てないようにそっとお湯を沸かしコーヒーを入れて・・・・何を考えていたのか・・・忘れちゃいました。でもあの景色とそれを何時間も眺めていた自分の目というか睫毛の瞬く感覚は鮮明に残っています。ふかわさん、素敵な日曜日をありがとう。

投稿者: アキコ・ハミング | 2010年10月31日 11:19

 ステキな言葉の表現ですね〜                     ときどき感情移入して泣きそうに   なります!                            人生そのものも 旅ですよね〜  

投稿者: アトリエのピンクッション | 2010年10月31日 16:39

小さいころのに飼いはじめた犬が気になって夜中起きていったことわたしも経験あります。なんだか無性にあいたくなる気持ちをいつまでも忘れたくないですね。

マシュマロたちは、雨が降ってきていてもお構いなしなんですね!意外でした。

投稿者: チオリーヌ | 2010年10月31日 21:54

今週もたのしく読ませていただきました。
ブログを読むといつも、愛らしい羊たちに会ってみたいなぁと思います。
男性の方に対してこういった表現をすると失礼になってしまうのかもしれませんが、「羊たちはどうしているかな」「大丈夫、悪い人じゃないよ」というつぶやきがふかわさんはなんだかかわいらしいなぁと感じてしまいます。もし気を悪くされたらすいません。
次回も楽しみにしています。

投稿者: Sweet Fish | 2010年11月01日 20:02

こんばんは〜ふかわさん。
毎週拝見させていただくたび、心がふんわりホコホコしています(^^)ありがとうございます
アイスランドの旅行雑誌は小さな書店には置いておらず、先日2駅先の書店まで探しに行ってきました。アイスランドへはいつ行けるかなぁ〜静かな自然にまるごと包まれたいなぁ〜
妄想して癒されています(笑)
11月に入りどんどん寒くなっていきますね、お体お気をつけて。秋も楽しんでください。

投稿者: かえる | 2010年11月01日 20:51

こなさなければいけない日常と、この素敵な世界を、はたしてどうやって繋げてらっしゃるのかと思っていました。

気持ちをととのえるために大切なこと。長い息とともに深く、うなづけました。


同じように自分をととのえるために、ここに言葉を残させてください。

ありがとうございます。

海外、どうかお気をつけて。

投稿者: ひょう | 2010年11月02日 02:06

こんにちは、いつも応援しています。
今日はご挨拶だけしにきました。

ブログの更新楽しみにしています!

投稿者: まいちゃん | 2010年11月02日 16:14

感動が大きくて
何故だかコメントが出来ないときもありますが、
いつも読んでいます。

投稿者: サルキ | 2010年11月03日 22:26

旅先での外国の人々と何気ない会話をするのって、ありきたりの内容でさえも新鮮に感じますよね。ペーパーイングリッシュで旅行英語並みの会話が出来るなんて凄いです!私は殆ど片言で…。もうちょっと英語を頑張っておけば良かったと後悔の嵐です。

「ゴーザフォス」。アイスランドにはその地名を成す意味がそれぞれあったりするんですね。その意味を理解しつつ、滝を見上げると一層見え方が違ってきますね。神の滝…まるで聖書の一節に出てきそうな光景なのでしょうね。モーゼの奇跡みたいな…。

「マシュマロ」さんたちは、冷たい雨を吸収してしまって風邪などひかないのでしょうか??自分が水分をたっぷり含んだ毛布に包まって寒い所に捨て置かれていたら…考えただけで身震いしそうです。

いつも行くアイスランドがいいお天気でなかったとしても、雨がそぼ降る町並みも違った雰囲気でいいのかもしれませんね。今度はどこの町の、どんなお天気なのでしょうか??また次回、楽しみにしてます!

投稿者: ラブ伊豆オール | 2010年11月04日 21:28

今日、外でカマキリかバッタのような昆虫が道路の真ん中でじっと佇んでいたので、自転車から降りてティッシュに包んで端に寄せました。自転車のスピードじゃないと見えない世界?とか思ったりして。

自然とのつながりを感じることのできるゴーザフォス、名前に負けないくらいの壮大さなのでしょうね。

次はどんなものを見つけたのでしょうか。続きがたのしみです。

投稿者: 手まわしオルガン | 2010年11月06日 19:02

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