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2010年10月10日

第421回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」

第三話 雲の向かう場所
 スポンジのように、アスファルトが雨を吸収しています。星たちがとけてぽとぽとと落ちてきたのでしょうか、透明の雫が地面に吸い込まれています。あんなに晴れていたのにレイキャヴィクの空は灰色に染まり、街は薄いもやに包まれていました。でも、落胆しているわけではありません。ここはとても天気が変わりやすい国。たとえいま土砂降りだったとしてもすぐに青空が広がることはよくある世界。それに、灰色の雲はどこかに向かうようにゆっくりと流れています。
「ゴーザンダイイン」
 朝食は7時から。案の定、時差ぼけがちょうどいい時間に起こしてくれるので、目覚まし時計はなくてもしっかり6時に目を覚まし、シャワーも済ませています。パンとコーヒーの香りがたちこめる朝食の部屋。ハムやソーセージ、サラミやスクランブルエッグなどが白いお皿に乗ってやってくると、パンの焼きあがる音。BGMもなくまだ数人しかいないとても静かな朝のひとときは、真っ白なカップに注がれたちょっと濃い目のコーヒーが体の真ん中らへんをあたためながら降りていきます。
 チェックアウトをしてホテルをでると雨はあがっていましたが、相変わらず灰色の群れは途切れずに流れています。湿ったアスファルトの上にたちこめるひんやりとした空気をまるで朝を食べるように胸を膨らませて大きく吸い込んだら、とても静かな一週間のはじまり。
「国内線の空港まで」
 白髪のおじさんが運転するタクシーは、ハトルグリムスキルキャ教会を中心に円を描くようにして走っています。それにしてもこの街は、背の高い建物がありません。道も広く、ゆったりとしています。湿った道路を掻き分ける音をたてながら車は10分ほどで空港に到着しました。
「タックフィリール」
 こじんまりとした国内線の空港は、これまで何度もお世話になっている思い出の場所。目に映るもの、耳にするものすべてが懐かしく感じます。ただ、ここで飛行機に乗るのではありません。昨年同様、レンタカーの出発点。
「まだ来てないか」
 レンタカーオフィス、といってもラウンジにちょっとしたカウンターがあるだけ。日本であれば、予約した時間の少し前にはいるものですが案の定誰もいません。それどころか8時をすぎても何かが起こる気配もない。昨年もこんな感じだったのでそれほど心配はしないものの、やはり顔の見えない、しかも国境を越えるネット予約はいつも僕を不安にさせます。懐かしさが不安に上書きされそうになった頃、スタッフらしき人がやってきました。
「では、4日後に」
 結局15分ほど遅れてやってきた彼から鍵を受け取り、オレンジ色のスーツケースを後部、水色のリュックを助手席に載せた車は、空港を離れていきました。もちろん、もしも途中で気が変わったら別のオフィスに返却も可能です。あくまで気分が優先。でも、心にハンドルを委ねるとはいえ、今日の行き先は決まっていました。以前から気になっていた場所があったのです。
 スナイフェルスネース半島。ここは指切りをするときの小指のように本土から細長く飛び出している場所。鳥たちが多く生息し、夏にはパフィンというかわいらしい鳥たちが戯れ、多くのバードウォッチャーが訪れます。バードウォッチャーならぬシープウォッチャーな僕は、実物こそ見たことないものの、家には何羽かのパフィンたちが並んでいるほどその姿は愛らしいのです。ただ、8月以降は姿を消してしまうということもあり、ずっと後回しにされていたこの半島をまずは訪れようということだったのです。車はレイキャヴィクを抜けてリングロード、アイスランドを東京23区に例えるなら山手線のような円状の道路、にはいると一瞬にして世界が変わります。建物はなくなり、荒々しい岩肌の上にパウダーをかけたような緑の牧草地帯。目の前に広がる手付かずの自然は地球の上を走っていることを実感させてくれるのです。
「いた!」
 パフィンではありません。僕がこの地に何度も足を運ばせる要因の多くを占めているもの。白いマシュマロ。ふわふわした羊たちが緑の上に転がっています。これが見たくて来ているといっても過言ではないほど。いくら地球の素顔があるとはいえ、もしもマシュマロたちがいなかったらこんなにも足を運んでいなかったでしょう。いたるところに無数に点在する白いマシュマロたちのおかげで長時間のドライブもまったく飽きないし寂しくならないのです。昨年は時期が遅く、あまり見られなかったで、なんだかさらに愛おしくなります。
「おーい!元気だったかぁ?」
 まるで久しぶりに会う友人のように声をかけると、黙々と草を食んでいる羊たちが一斉にこちらに顔を向けます。車の音には反応しないのに人の声には反応するようで、どんなに遠く離れていても、どんなに食事に夢中になっていても、振り向いてくれるのです。今回の旅はどれくらいの羊たちに声をかけることができるでしょう。遠くに海が見えてきました。

2010年10月10日 10:37

コメント

雨が憂欝にならないステキな場所、
時間通りにこなくても、イライラしない空気。
羊たちが声をかければ振り返ってくれる情景。

本当に穏やかな気持ちになれそうですね。

投稿者: チオリーヌ | 2010年10月10日 11:58

 こんにちわ。遠い国の最初の朝、鳥たち、羊たち、おじさんたち、静寂、音、匂い・・・あぁ、旅っていいですね。

投稿者: アキコ・ハミング | 2010年10月10日 12:59

スナイフェルスネース半島いいなぁ〜♪

行ってみたいなぁ。

白いマシュマロかわいい表現ですね。

素敵☆

投稿者: タッポ | 2010年10月10日 13:00

「ゴーザンダイイン」「タックフィリール」。まるで魔法の言葉のようですね。最初私は「ゴーザンダイイン=Go Than Dying(すみません…不吉ですね。しかも文法がおかしいですよね)」とか考えちゃいました。

羊って人間の言葉にちゃんと反応するんですね。日本の動物園のように人にジロジロ見慣れられてる動物と違って、現地の羊さんたちは車の音と人の声を聞き分けているんですね。賢いなぁ。

しかし、本当にロケ兄のブログはポエムみたいです。私には思いつかないような表現方法で、感心しきりです。そしてその表現によってまるで私がその場にトリップしたような感覚に陥ります。

パフィンにはその後出会えたのでしょうか?早く続きが読みたいです!一週間が長い…。

投稿者: ラブ伊豆オール | 2010年10月10日 13:37

ふかわさんが感じたことが
ダイレクトに伝わってきた気がします。

それに、
雨も「星が〜」ってキレイだし、
さわやかな朝だし、
ヒツジちゃんたちに対して、
あたたかさを感じるし、

読んでて、
すごくいい気分☆になりました。


レンタカーを借りるとき
ちょっと不安になりつつも、
わくわくしながら
車を走らせたんだろうなーとか。


あ〜、どこかに行きたくなりますね!!

投稿者: わくわくが重要 | 2010年10月11日 00:04

ふかわさんの旅行記って、ほんとうにすてきですね!
アイスランドの羊さんたちへの、ふかわさんの想い、そして再会のよろこびというのが、ふわわん、じわ〜ん、と伝わってきて、読んでいるこちらまで、あたたかく、幸せな気分になります〜♪

今年のご活躍は、「せめていく」とのお言葉通り、とても気合いが入っていらして、拝見していて、しごく気持ちのいいものでありました。このあいだの「平成教員〜」でのふかわさんは特にかっこよかったです!  あ、まだ10月なのに、総括しちゃうのは早いですね、すみません(A^^;
ますますのご活躍を期待しています!

投稿者: makisetsu | 2010年10月11日 10:11

こんばんは、ブルーラグーンです。

「遠くに海が見えてきました。」
次の第四話では、私達を海に連れて行ってくれるのですね。

アイスランドに思いを馳せて付けた投稿者名ですが、
今年も2010年のアイスランドにブログの中だけど、ふかわさんや皆さんと訪れる事が出来ました。

とても嬉しいです。一年の間、本当に楽しみにしていました。言葉の一つひとつを大切に拾いながら読んでいます。

第四話も楽しみにしています。

投稿者: ブルーラグーン | 2010年10月12日 20:57

声にふりむく ひつじたちかぁ。
なんだか 泣けてくる。
会いたいよー!

投稿者: ゆんさん | 2010年10月12日 23:35

この物語の世界が魅力的すぎて、少しだけ、悲しくなります。

でもきっとそれは心地よい類のものです。

もふもふのマシュマロさん、くるまれてみたいです。

投稿者: ひょう | 2010年10月15日 09:13

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