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2010年10月03日

第420回「虹と灰色のそら〜アイスランド一人旅2010〜」

第二話 夏の余韻、昼の余熱 
 東京から訪れる場合、ロンドンかコペンハーゲンでアイスランド航空に乗り換えるのが一般的。どちらも所要時間はあまり変わらないので、乗り継ぎのタイミング(スムーズだから良いわけではなく)や、空き状況、金額などによって決まるのですが、どちらかというとデンマークでのそれが第一希望。というのも、同じ北欧であるし、なにせスカンジナビア航空という響き。北欧男子としてはこの言葉を耳にするだけで気分が高揚するのです。希望が通り、コペンハーゲンで細長い飛行機に乗り換えると、3時間ほどでアイスランドのぼんやりとした島影に点在する灯りが見えてきます。空の玄関であるケプラヴィーク空港。もう忘れてしまっているでしょうが、首都のレイキャヴィクは煙の湾という意味。火山の影響で発生した温泉によって湾いっぱいに広がる湯煙を見たヴァイキングによる命名です。アイスランドでは「ヴィーク」と名の付く場所がたくさんあり、港から町ができていったことが窺えます。
 卵が生まれるように飛行機から出ると、機体と建物とを結ぶスロープにもひんやりした空気が窓ガラス越しに伝わってきます。荷物やパスポートなど、特になにをチェックされるもなく到着ロビーの扉が開けば、空港の懐かしい匂い。いつものようにアイスランドクローネに両替し、市内へのバスのチケットを購入したら、外で待機しているバスに乗ります。
「あれ…」
 いつもなら大陸育ちの容赦ない冷たい風に包まれるのですが、僕の頬に触れるのは案外あたたかな風。たしかに冷たいのだけど中に温もりを含んだ風。いつもより早い時間だからか、夏の余韻のような、昼間の余熱のような、どこか生ぬるい空気がほんの少し残っていました。
「バスターミナルで乗り換えてな」
 羊羹に車輪をつけたような四角いバスは、空港を離れ、まるで僕たちを別世界へ連れて行くように、真っ暗な道を進んでいます。車内に響くラジオの音。この音がアイスランドにやってきたことを実感させてくれるのです。窓に映る顔も毎年、年を重ねています。この鏡は何歳の僕まで映してくれるのでしょう。
 暗闇を抜けてだいたい45分程度、あたりはやさしい光に包まれたレイキャヴィク市内にはいります。いつものようにバスターミナルで乗り換え、そこから小さなバスでホテルまで。今回もホテルの予約は初日と最終日だけ。すべて予約してしまうと宿泊先に足をとられて自由が利かなくなってしまいます。行き先は日本で決めるのではなく旅をしながら決めたい、それはこれまでの旅に共通する気持ちでした。
 フロントで受け取ったカードキーを差し込むと乾いたフローリングの上にこじんまりしたベッドが浮かびあがります。いつもは深夜1時くらいなのが、今回はまだ22時。日本時間にしても朝の7時。体力的にはまだ若干の余裕があることが、一息ついたあとの僕を外に向かわせました。日曜日の夜にしては静かな目抜き通りはたまに若者とすれ違う程度。ほとんどのお店が閉まっているなか、バーから歌声がきこえてきます。この中に飛び込んでみたらどんな気分になるだろう、そんなことを思いながら緩やかな坂道をのぼっていました。目指すはハトルグリムスキルキャ教会。このレイキャビクのランドマークです。4度目ともなるとさすがに道に迷うこともありません。やがて道の両側からお店の姿はなくなり、絵本のような淡い色をした家々が並ぶようになります。そして坂の頂上に見えてきました。
「あっ…」
これまでと様子が違います。
「光ってる…」
 一昨年訪れたときは改修中でベニヤ板だらけ、昨年は昼間だったので気付かなかったのでしょう。教会の先端の部分がイチゴの粒のように穴が開いていて、そこから3色ほどの光が飛びだしています。ライトアップというよりも中から光を放っている感じ。それは静かに夜空を彩っていました。いつもならここで響くはずのシャッター音も今回は聞くことはできません。
「そうだ、留守番だった…」
 昼間の余熱もすっかりなくなり、だいぶ冷え切っていました。昼間との寒暖の差が激しいのでしょう。もう耳はちぎれそうなくらい冷たくなっています。
「無事に戻って来られますように」
 アメリカ大陸を発見した(第286回参照)エリクソン像の前で耳を真っ赤にしながら手を合わせる男を、教会の周りに散らばるたくさんの星たちが見ていました。

2010年10月03日 10:36

コメント

毎年訪れる場所、そして受け入れてくれる場所があるというのはとてもステキなことですね。

ふかわさんにとって、アイスランドはもう第2の故郷になろうとしていますね。
もうなってるのか!

投稿者: チオリーヌ | 2010年10月03日 11:33

ロケ兄の旅行記はいつも幻想的な記述ですね。読む側にとっては降り立った事もない知らない土地をおおよそ想像する事が出来ます。そしてとてもロマンチックです。きっとロケ兄の五感がいつもより更に大好きなアイスランドでは研ぎ澄まされているのでしょう。

何度も訪れた町。ちょっとした変化でも気がつくという事はその土地をくまなく見て、記憶しているという事。それは本当にアイスランドを愛しているのでしょうね。

また次回、楽しみにしています!

投稿者: ラブ伊豆オール | 2010年10月03日 13:03

 こんにちわ。一人旅の、空港に着いてから最初の夜までの間の感じが、私的にとても好きです。夜のバスやタクシーの窓に映る人の横顔など・・・ああいうものが心に焼き付いています。 アイスランドは行ったことがないのですが、ふかわさんのアイスランド旅への愛情が伝わってくるようです。どんな旅になるんだろう。続きが楽しみです。

投稿者: アキコ・ハミング | 2010年10月03日 13:11

詩的でステキな描写のおかげで、場面が(自分なりに)容易に目に浮かんできます。

お留守番隊がいるということで、感性がより柔軟に働いている感じがします。

きっと視覚で捉えながらも、その場面にあった音楽とか、ロケ兄の頭の中では流れていたりするのでしょうね?

投稿者: 手まわしオルガン | 2010年10月03日 21:32

ふかわさん、アイスランド紀行第2話も楽しく読ませていただきました。
アイスランドには行った事がないのですが、よく情景が伝わってきました。

成田→コペンハーゲン→アイスランドという経由で行かれたんですね。
行ってみたいのですが、私は長時間の飛行機と乗り換えが苦手なので、フライトに耐えられるか自信がないです。
直行便があったらいいのに。

アイスランドのラジオって一度聴いてみたいです。どんな感じなんだろう?

絵本のような家々や光を放つ教会、きっととっても素敵な光景なんでしょうね。
次回のお話も楽しみにしております!

投稿者: Sweet Fish | 2010年10月05日 11:17

これ、読んでるんじゃない、
聴いてるみたい。

そう思わずにいられません。

紀行じゃなくて「物語」ですね。


昼間の余熱・・・素敵な言葉です。

投稿者: ひょう | 2010年10月06日 02:42

初めまして。

今日はどんなことが書いてあるのか、
ブログの更新をいつも楽しみにしています。

お仕事頑張って下さいね!

投稿者: かんな | 2010年10月08日 22:47

初めてのコメント失礼いたします☆

ふかわさんのブログすごいですね〜!!

なんだか旅の情景が思い浮かびます。

そして言葉一つ一つがすごくキレイというか丁寧というか素敵ですね。

次回も楽しみにしてま〜す♪

投稿者: タッポ | 2010年10月09日 23:47

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