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2010年01月10日
第389回「風とマシュマロの国〜アイスランド一人旅2009〜」
最終話 風とマシュマロの国
アークレイリに来て二度目の夜空も旅人の思い通りにはならないまま朝を迎えました。今日はレイキャヴィクに戻る日。最終日は空港に近いホテルに泊まり、ブルーラグーンという温泉で疲れをとることが例年の流れになっています。もともとアークレイリで車を返却してお昼の飛行機でレイキャヴィクに戻り、14時のバスでホテルに向かうことになっていたのですが、時間を早めて朝9時にアークレイリを発つことにしました。というのも僕にはまだ心残りがあったからです。
「セイリャランドスフォスを探しに行こう」
それは実家のカレンダーで見つけた綺麗な滝。今回の目的のひとつとなっていた美しい滝を見逃したことが心のどこかでずっと引っ掛かっていました。どうしてもあの滝を見たい、虹のかかるあの真っ白な滝を一目見たいという気持ちが僕の予定を変えたのです。
「ちょっとなにこれ」
風にからかわれるように煽られて決して快適とはいえないアークレイリからレイキャヴィクへの空の旅も40分ほどすると窓からハトルグリムスキルキャ教会が見えてきました。数日前の町並みがすでに懐かしく、故郷に帰ってきたという感覚。ぎゅっと掴んだ肘掛が丸いハンドルにかわり、幻の滝探しへと出発です。
「絶対に見つけてやる!」
3日前と同じ道。ささいな看板さえも見落とさないように慎重に走り抜ける小さな車を羊たちが眺めています。でものんびりもしていられません。バスの時間まであと4時間、片道2時間以内で見つけなければならないのです。
「この辺に滝はありますか?」
時折現れるお店の人に尋ねながら車を進めていくうちに、ようやく近くにあるらしい言葉が耳の中へはいってきました。
「あれか…」
遠くに、山から白い筋が降りています。あれが幻の滝セイリャランドスフォスかもしれません。
「ちょっと待って…」
しかしどこか見覚えがありました。それは3日前に休憩がてら車を停めたときに目にした滝。遠くから見るとあまりに小さいので勝手に違うものと思い込んで近づかなかった滝。でも、聞き込み調査からするとあれ以外考えられません。半信半疑で踏むアクセルに、案の定、小さな白い筋は距離を縮めるともに巨大化し、あっというまに高層ビルを見上げるくらいの高さに成長しました。
「これでよかったの?」
まさかあのとき見たものが正解だったなんて。幻どころか一度目にしていました。ただ言い訳をするのなら、ガイドブックにはリングロードの右側にしるしがつけられていたのに実際は左側だったこと。まさか逆側に現れるなんて。
「これだったのか…」
風が大量のしぶきをあたり一面に撒き散らしています。虹こそでていないものの、高さ四十メートルの位置から落下する水流は豪快で、その幅の狭さからほかの滝とは違った繊細さがありました。ずっと眺めているとたしかに下から竜がのぼっているように見え、さんずいに竜という文字に妙に納得します。滝の裏側は、水のカーテン越しの世界をのんびり見られるほど穏やかなものではなく、すぐに通過しないとびしょびしょになってしまうものの、正面からとは別の迫力、滝に飲み込まれたような感覚がありました。
「もう悔いはない…」
時計を見ると12時前、14時のバスにはどうにか間に合いそうです。教えてくれたお店の人に挨拶まわりをしながらリングロードをさっきと逆向きで走る車を羊たちが眺めていました。
「一人旅ですか」
バスに居合わせたノルウェーの女性と受験英語を駆使してどうにか会話をしているうちにホテルが見えてきました。ノーザンライトイン、もうこれで3度目の宿泊です。覚えていますかという確認さえ必要もなく鍵を渡されると荷物を置いてさっそくブルーラグーンへ。相変わらず世界中から集まった人々を温める水色の世界は幸せにあふれていていつまでも浸かっていたくなります。
まだ体がぽかぽかしているうちに、ホテルのレストランで最後の晩餐。刻々と日が暮れ、窓は外の景色から食事をしている旅人の姿を映し始めました。最後の夜のはじまりです。
「今日が最後だ…」
あれだけ言ったのに、意識しないどころか、オーロラに対する思いは日に日に強くなる一方。とくに最終日とあってはかつて上空に現れた実績があるだけに期待せずにはいられません。
「きっと現れる…」
そんなことを知っているのか知らないのか、想いが募れば募るほど空は雲に覆われていきます。こんなにも風を応援したことはありません。オーロラは願えば見られるほど容易なものではなく、こうして見られないからこそ昨年見たことの希少性がより高まるのでしょう。冷たい空気が体を覆います。もしかしたらまた電話がくるかもしれない、そう思って目を瞑ってもどうも寝付けません。気になって何度もベッドを飛び出しては外で空を見上げていました。
「ゴーザンダーグ」
結局部屋の電話は鳴らないままチェックアウトの時間を迎えました。夜明け前の出発。ノーザンライツと書かれた小さな看板が白く光っています。口から漏れる白い息も、荷物を車につめてドアを閉める音が静かな夜空に響き渡る感じも、体が覚えていました。
「もう帰るのか…」
空港へ向かうワゴンの中。僕以外にも数人の宿泊客が乗っています。暗闇を映す窓が、この数日間で目にしたものをスクリーンのように映し出しました。白い帽子をかぶった山々、水色の氷河、大地に両足をつける虹、焦げ目のついたパン、白いカップを埋めるこげ茶色のコーヒー、水槽のような青空、一直線に落ちていく滝、砂浜に打ち上げられた氷河のかけら。そして風とマシュマロたち。すべてが僕の体の中にはいっているようです。
「きっとまた…」
それがいつになるのかはわからなくても、必ずまた戻ってくるでしょう。どんなに世界が変わっても、ここにはいつもやさしい風景があるから。ここに来ればいつでも風に揺れるマシュマロたちに会えるから。ほかの乗客たちの声が耳を通過していきます。遠くに空港の光がぼんやりと浮かんでいました。
あとがきにかえて。
アイスランドの話をするといつも驚かれることがあります。それは僕がひとりで訪れていること。「どうして一人なの?」と目を丸くされます。でも僕にとっては小説を一人で読むようなもの。自分のタイミングでページをめくりたいし、自分の気のままに行動したい。こういうのをわがままというのかもしれませんが、みんなで行く旅行とひとりで行くそれはまったく別の楽しみであって、この国を全身で感じるには後者が適しているのです。だから、家族ができて息子と一緒に訪れる幸せもありますがそれよりも、息子にひとりでこの世界を感じられる大人になって欲しいという思いのほうが強いのです。
それにしても3度目のアイスランド。フィンランド、ベルギー、フランス、ポルトガル、チェコなど、これまで訪れた場所はどれも素晴らしい国でしたが、こんなに訪れている場所はありません。ほかの国とどこが違うのでしょう。10回訪れたらなにかもらえるわけではありません。僕はなにを求めてこの国を訪れるのでしょうか。単に自然に触れ合うだけではなく、毎年訪れたいなにかがきっとあるのです。これほどまでに僕を魅了するもの、それは「変わらないこと」かもしれません。
ここには、人を縛り付けるものや欲望に翻弄されることもありません。自然をコントロールしようとせず、自然が尊重され、自然を主体に人々が暮らしています。それは「変えること」や「変わること」の本当の意味を理解しているからでしょう。たしかに変わることもすごいこと。変わらないこともすごいこと。でも、欲望が人類の舵をとっているのであればもしかしたら変わらないことのほうが難しいことなのかもしれません。この国にいると、まるで人類の舵取りを自然に任せているような気さえします。欲望に振り回されず自然に生きる。そんな、ありのままの世界を求めて僕は、この国を訪れているのかもしれません。アイスランドには「変わらない世界」があるのです。
2010年01月10日 10:45
コメント
こんにちわ。昨日の、テレビでピアノを演奏なさってるのをみて、さらに好きになっちゃいました。私も、1人旅の方が好きです。ですけど、たまあに、この景色を一緒に観れたらなとも思いますかねぇ。
これからも、応援してます♪
投稿者: 絢子 | 2010年01月10日 15:42
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
さて・・・。
当初の目的だった滝は、(先日偶然発見したテーブル状に見えるものではなく、日本でよく見られるような)幅の狭い滝だったようですね。
「刻々と日が暮れ、窓は外の景色から食事をしている旅人の姿を映し始めました。」
……(私が先日言及した、窓とその窓に吹きかかる息の描写もそうですが)「よく見ているなぁ・・・」と思わず唸ってしまいます。こういった何気ない一齣一齣は、一人旅だからこそ記憶に“残ってくれる”ものなのでしょうね。他の人と一緒に旅をしていれば、ふかわさん一人では気付きえなかったであろうことを気づかせてくれることも確かにあるかもしれませんが…その際には気にも留められず流れ去ってしまうもののように思えます。
「(アイスランドが)これほどまでに僕を魅了するもの、それは「変わらないこと」かもしれません。」
……変わっていないであろうことを確信に近い強さで旅行前に感じさせてくれ、そしてその期待に毎回応え続けてくれた場所、それがふかわさんにとってのアイスランドだから・・・なのかもしれませんね。「変わらない」というただ一点においては、(行ったことのない私でも)“絶海の桃源郷”のようにアイスランドがイメージできますので。
投稿者: 明けの明星 | 2010年01月11日 00:39
さんま御殿、観ました。
たくさん笑わせてもらいました。
これからもがんばってください。
応援してます。
投稿者: ユウ | 2010年01月12日 20:59
昨日のさんまの番組で「〜だけど、ようすがおかしい」と言われていたのには、なぜか笑えました。止まらない!
「亡命〜」といっしょに、今年はこれで押したらどうでしょう?新しい髪型も良いと思います。でも顔が少し太ったかな〜
投稿者: ももんち | 2010年01月13日 10:46
はじめまして!!
昨日ふかわさんのピアノの演奏を聞いて
ドキドキしちゃいましたっ!
何度も何度もリピって見ています!!
正直ギャップにやられたって感じです♪
これからも頑張って下さい!
投稿者: 横浜 | 2010年01月14日 08:36
新年おめでとうございます。
今年もブログ楽しみにしています。
私も一人旅派です。
一人のほうがその土地を感じられる気がします。
投稿者: KINGKAZU | 2010年01月14日 12:20
こんばんは。
いま、秘密の嵐ちゃん見てました。
ふかわさんの私服一番良かったです。
おしゃれっっ☆
あの髪型わざと面白いかんじにきっているのですか??
ふかわさんは、他の人よりなんか色々な才能を感じます。
これからも多才なご活躍期待してます。
負けないでください!応援してますっ。
投稿者: Amy | 2010年01月14日 23:02