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2009年12月20日

第387回「風とマシュマロの国〜アイスランド一人旅2009〜」

第七話 アイスランドの理由 
 まるで水槽にはいっているかのように澄んだみず色が地球を覆っていました。この色はあのとき見た氷河の色にどこか似ています。リングロードにときおり現れるパーキングスペースはとくべつ高台に位置していなくても360度見渡せる場所。車を降りた僕は両手を広げて大きく深く息を吸い込みました。
「ミスター・フカワ?」
男の声に振り返ろうとした瞬間、広げていた腕を掴まれ、両足が地面から離れました。
「ちょっと何するんですか!ねぇ!」
目隠しをされた僕の声をかき消すようにエンジン音と砂利をこするタイヤの音が鳴り響きます。
「なんなんですか!どこに連れていくんですか!」
必死に抵抗する僕の口を強力な粘着物が覆うと、ロープが手足に巻きつき、濡れたタオルが鼻の穴を塞ぎました。抵抗する気力を失うとともに意識が遠のいていきます。そしてどれくらい時間がたったでしょう。瞼の隙間からゆっくりと光がこぼれると、青く澄んだビー玉に自分の顔が映っていました。
「ミスター・フカワ?」
やさしい女性の声でした。
「ここは…あなたは…?」
目の前に水色のレースのようなものを羽織った女性がいます。いったいいまなにが起きているのかさっぱりわかりません。
「ここは氷河の中。私はこの国のプリンセスです」
「氷河の中?プリンセス?」
「あなたのことは前々から耳にしていました」
「僕のこと?」
「そうです」
「僕が、なにか悪いことしましたか?」
「いえ、とんでもない」
彼女は、僕がこの国を毎年旅していること、その紀行文を書いていること、そしてなによりこの国を愛していることなどすべて知っていました。
「それでいつかお礼をと思っていたのですが、いつもその前に帰国されていたので…」
「お礼?」
「そうです、今日はこれまでのお礼と感謝をカタチにしようと思ったのです」
「それであんなことを?」
「怖い思いをさせてしまってごめんなさい。これで機嫌を直してもらえないかしら」
すると目の前に手長エビなどの魚介類やこの国で収穫される食料が次から次へと運ばれてきました。
「いや、別にお礼なんて僕は…」
「どうぞ召し上がれ」
戸惑いながら手を伸ばすといままで味わったことのない刺激的な食感が口の中で広がりました。水色のお酒がグラスに注がれると、プリンセスと同じ水色のレースをまとった美女たちが奥から現れ、一人の旅人のために華麗な踊りを披露しました。まるで竜宮城にいるようです。アルコールが旅人の頬を赤く染めました。
「あなたはどうしてこの国を旅しているのですか?」
プリンセスの問いに少し考えて、こう答えました。
「風とマシュマロがあるからです」
「風と?」
「マシュマロです」
プリンセスは目を丸くしています。
「この国には素晴らしいマシュマロと素晴らしい風があります。僕はそれを感じるために毎年ここに来ているのです。それと…」
この国にはほかでは見られない色があること。空のいろ、山のいろ、氷のいろ、どれもこれまで見たものとは違う色。ここでしか見られない色があることを伝えました。旅人の話にさらに機嫌をよくしたプリンセスは最後にデザートを持ってこさせました。
「これは…」
あのときかじりつきたかった氷河で作られたアイスがお皿の上に山盛りに盛られています。見た目通りソーダの味がしましたが、そのせいですっかり体が冷えてしまい、すこし暖房をつけてもらうように頼んでみました。
「それはできません」
「ちょっとだけ、風邪ひいちゃうから、ね、いいでしょ、すぐ消すから」
酔った勢いで押した暖房のスイッチはその場にあたたかい空気を届けました。
「あれ?どしたの?」
すると踊り子たちはいなくなり、みるみるうちに水色の氷河は融け始め、目の前のプリンセスも融けていきました。
「プリンセス!!」
辺りはマシュマロたちの散らばった牧草地帯が広がっていました。
 一年ぶりに訪れたエイジルススタジルの街は以前と変わった様子もなく、スーパーやちょっとした売店、ガソリンスタンドなどすべての色が懐かしく胸がキュンとします。こうしてなんでもない場所に胸を躍らせることができるのも時間のご褒美かもしれません。ちょうどお昼時ということもありたくさんの人たちの言葉が飛び交っているレストランの中にひとりの日本人が混ざっていました。いつのまにかお店での動きもスマートになってきたのか、かつてはその動きが旅人の雰囲気を醸し出し、周囲の関心を寄せてしまったものですが、いまでは地元の人たちに馴染んでいる気がします。ハンバーガーにスープとコーヒー。窓の向こうに牧場でのんびりしている馬の姿が見えます。一年前と変わらない風景。そこにはふるさとに帰ってきたような安心感がありました。
「あと何回訪れることができるかな」
 エイジルススタジルでお腹を満たした僕はデティフォスの滝に向かいました。それは一度訪れたことのあるヨーロッパ最大の滝。高さ44メートル、幅100メートルの瀑布の迫力は遠くで音を聞くだけで近寄りがたいものがあります。もしかすると、滝のどこが楽しいのかと思うかもしれませんが、一度見てもらいたいものです。自然のパワーとおそろしさ。それは、人間が自然を相手にするものではない、ということを思い知らされます。人間を作った自然の力を信じられないくらい間近な距離で感じることができるのです。
「え?」
 しかし、現実はもっと厳しいものでした。進入禁止の看板が立ちはだかっています。これでは間近どころか滝の音さえ聞こえません。
「嘘でしょ…」
おそらく時期のせいでしょう。かつては通行できた道が鉄のパイプで遮断されていました。これに従わないわけにいきません。ヨーロッパ最大の滝を諦めた車は気持ちを切り替えてミーヴァトンへと向かいました。そこは以前何度も訪れた水色の温泉がある場所。もしかすると温泉なんてわざわざアイスランドじゃなくて箱根でいいじゃないかと思うかもしれません。たしかに箱根も好きです、でも違うのです。水色であることもさることながら、誰もいない巨大な露天風呂はまさに地球の楽園。ただお湯が揺れる音だけが聞こえる温泉に浸かって眺める地平線と太陽の攻防は格別の感動があるのです。
「え?」
 しかし、現実は厳しいものでした。やがてあたたかい温泉が待っていることを期待して半裸で駆け込んだ先は見事にぬるい温泉でした。そういえばフロントで何か言っていました。あれはなにか不具合的なことを示唆していたのでしょう。どおりで以前より湯気が少ないわけです。
「まぁいいか…」
 仕方なく大きいほうの露天風呂を諦めて小さいほうに浸かる一人の旅人を太陽が見守っていました。
 空一面に広がる青にインクを垂らしたように赤色がうすく広がっていくとやがて群青色に染まってきました。民家に明かりがともりはじめ、一年ぶりの道が一層愛おしくなります。どこに目を向けても安心させてくれる風景。遠くに見えてきたアークレイリの街の明かりが風に揺れています。冬になるとこの上にオーロラが舞うそうです。やがて車は吸い込まれるように、遠くでみた街の夜景の一部になりました。

2009年12月20日 00:45

コメント

念願のガリガリ君を食べられてよかったに!と思いきや あーあ・・ 
でも最後に群青色の空に包まれて心があたたまって良かったです!。

投稿者: 咲子 | 2009年12月20日 14:44

アイスランドに毎年行かれているんですね。
とっても寒そうですが、一度行ってみたいなぁ。
これからも頑張ってください。

投稿者: 外為オンライン 評判 | 2009年12月20日 16:12

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