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2009年12月06日
第385回「風とマシュマロの国〜アイスランドひとり旅〜」
第五話 時がくれた色
雨もあがり、まるで耳を塞がれたように空気がとまっていました。動いているものはなにもなく、時間をとめられたようにすべてが静止しています。体の中から伝わる呼吸の音以外はなにも聞こえません。目の前に横たわる巨大な自然の造形物。じっとしているのに、それでいていまにも動き出しそうな躍動感があり、耳を澄ませば息遣いが聞こえてきそうです。ヴァトナヨークトル、それはテレビ画面を通して見た印象とはまるで違うものでした。厚みや色、すべてがイメージ通りではありません。透明が重なり合って、こんなにもきれいな水色を放つとは。何億年とかけてできた色。時間がつくりあげた色。それは昨日今日でできた水色ではないのです。そんな感動に紛れてもうひとつの感情が芽生えてきました。
「おいしそう…」
悠久の時を超えて存在する巨大な氷を目の前にした日本人の感想。でも、仕方ありません。間近で見る氷河は水色というか青白いというかまるでクリームソーダのシャーベット、いわば巨大なガリガリ君のソーダ味なのです。海外の人たちが見てどう思うかはわかりませんが、日本人なら確実にそう思うでしょう。ただ大きさはハンパありません。これならどれだけのガリガリくんができることか。このおいしそうなシャーベットが山から広がっている光景に思わず跳び乗って上からスプーンですくいたくなります。でも以前はもっと大きかったのかもしれません。日々の生活がこんなところに影響しているなんて。世界のしわよせがここにあらわれているのです。
お腹をつけて寝ているマシュマロたちを左右に、車は海沿いのリングロードを走っていました。羊毛が風になびいています。次の目的地はヨークサロン湖。それは氷河が後退してできた湖で、車で30分くらいのところにあります。
「あれだ…」
灰色の空の下にまるで南極のような光景が広がっていました。湖の上に氷河が堆積し、いまにもペンギンが顔を出しそう。そこから崩れて切り離された小さな氷河たちが次々と海へ流れていきます。それらを追いかけるように海に向かった僕を待っていたのは、神秘的な光景でした。
「すごい…」
あたかも誰かが等間隔に並べたように氷河のかけらが打ち上げられています。まるで宝石がちりばめられた砂浜。空気のはいっていない透明な氷がはるか遠くまで海岸線を飾っていました。到底人の力ではなしえません。氷河と海のコラボレーション。自然が作り出した景観にしてはあまりにも美しすぎます。これも時間がつくりあげた景色。太古の昔から存在する氷河を前に35年という時間はあまりに短いものでした。もう日も暮れようとしています。いったい月明かりがこの砂浜を照らしたらどんなことになってしまうのか。そんな光景を想像しながらヨークサロン湖をあとにしました。
レイキャヴィクを出発して8時間、車はホプンの街に到着します。ホプンとはアイスランド語で「港」の意。実際南部は砂地が続いているため港はほかになく、唯一の漁場として巨大なタラや手長エビが水揚げされます。毎年夏になると手長エビのフェスティバルが開かれ、街中がダンスや音楽で賑わうそうですが、その日は薄く霧がかった静かな港が広がっていました。
「部屋は空いてますか?」
港の一角に佇む小さなホテルにオレンジ色のスーツケースが吸い込まれていきます。シンプルな部屋の窓からは海を照らす港の灯り。テーブルの上に置かれた蝋燭の火はレストランをあたたかく染めていました。僕のほかに一組の夫婦が食事をしています。
「これをください」
と勘で指差した料理は手長エビをふんだんに使ったワイン蒸しのようなもの。本当は塩焼きのようなものを食べたかったけれど、これも旅にはつきものです。メインにたどり着く前のパンとスープでかなり満たしてしまったこともあり、エビを平らげた頃にはもはや動けなくなっていました。レイキャヴィクから500キロ。港の灯りが差しこむ小さな部屋のベッドに横たわる旅人のお腹の中で、大きなエビが泳いでいました。
2009年12月06日 05:50
コメント
やはり、氷河の氷は普通目にする氷や雪のそれとは違って、水色がかっているようですね。不思議です。
[←太古の昔に降り積もった雪の隙間を埋めた空気がそのままパックされ、その空気が空を青く見せるのと同じ原理(レイリー散乱)で光を散乱させるからなのか、とも思ったのですが違うみたい(少なくともそれ以外の要因がある)ですので・・・。]
投稿者: 明けの明星 | 2009年12月06日 19:27
ほんとおいしそうなのは水色が綺麗すぎるからでしょうか?。
窓から港が!ワクワクするのに 揺れてる暗い海に
切なくなったり。
投稿者: 咲子 | 2009年12月06日 20:55
最近お菓子の容量も
以前と同じ値段なのに
減っていますが、
アイスランドのガリガリ君も
減少傾向ですか・・・
この流れを断ちたいものです。
投稿者: KINGKAZU | 2009年12月07日 12:18