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2009年11月22日
第383回「風とマシュマロの国〜アイスランド一人旅2009〜」
第三話 白いテーブルクロス
「なんだこの滝は…」
数ヶ月前に実家を訪れたときのことです。企業などから贈られるよくあるカレンダーの上半分をきれいな滝が占領していました。どこの滝だろうかと顔を近づけると下に小さく名前が記され、その隣には国の名前が並んでいました。
「アイスランド!!」
愕然としました。ほかの国ならまだしも二度も訪れているアイスランドで僕の知らない滝がしかも実家のカレンダーになっている。これまで数々の滝を見てきた僕にとって、こんな屈辱はありません。この偶然の出会いを挑戦状と受けとった僕の体内は、アイスランドの火山のごとくマグマのような熱いものがぐつぐつと煮え始め、もういてもたってもいられなくなったのです。
「セイリャ…ランド…」
とても一回見ただけでは覚えられないほど複雑な名前を持つその滝は「セイリャランドスフォス」と呼ばれるアイスランド南部に位置する滝。フォスは英語のフォールの意味でしょう。ガイドブックに載っているものの、写真などで大々的に採り上げるのではなく、名称だけさらっと触れる程度。こんなにも美しい滝をどうしてもっとフィーチャーしないのかと苛立ちを覚えるものの、それはそれで嬉しかったりもします。というのも、ガイドブックだけではフォローしきれないのがこの国のいいところ。ガイドブックがすべてじゃないから旅がより楽しくなるのです。
「これは行くしかないでしょ」
そうして今回の旅の通過点に決まったこの滝は単に美しいだけではなく、もうひとつの魅力がありました。それは、裏側にまわれること。日本にもそういった滝はありますが、ダイナミックな瀑布の裏側で感じるものはきっと正面からでは得られないもの。一体何を感じられるのか、そんな期待で車ごと膨らませてしまいそうなほど胸を膨らませながら僕はハンドルを握っていました。
「おかしいなぁ…」
レイキャヴィクから150キロ。1時間半ほどでたどり着けると思っていた滝がなかなか現れません。たとえ有名な場所でも大きな看板はなく、うっかりしていると見逃してしまうものの、それでもなにかあれば気付くもの。さすがにもう着いていてもいい頃なのにそれらしき看板や標識がありません。
「行き過ぎてしまったのだろうか」
まわりは果てしなく牧草地帯。道を尋ねたくても人の姿や人のいそうな場所すら見当たらず、あとは彼らに訊くしかありません。
「ねえねぇマシュマロくん!」
草を食むのをやめたマシュマロたちが黙って見ています。
「この辺に大きな滝はないかい?」
すると一頭の羊がのそのそとやってきたかと思うと、目の前で地面にお腹をつけるようにしゃがみました。
「え?ここに?」
ただじっとしているマシュマロをおそるおそる跨ぐと僕を持ち上げるように立ち上がり走り出しました。
「おい、ちょっとどこいくんだよ!」
ふわふわの羊毛に埋もれるようにしがみつく男を乗せて、緑の上を白いマシュマロがぴょんぴょん飛び跳ねて駆け抜けていきました。
「着いた…?」
体を起こすとそこにはきれいな滝がありました。僕が探していたセイリャランドスフォスです。
「ありがとうマシュマロくん!」
こんなやりとりができるのはあと何年くらいだろうかと考えながら走っている僕の目がとまりました。
「あれは…」
遠くの山の中にまっすぐに降りる白い筋、間違いなく滝でしょう。思わずアクセルに力がはいります。いったいどれくらい先なのか、いけどもいけどもなかなかたどり着きません。徐々に白い部分が拡大され、次第にそれがかなりの大きさであることがわかってきました。
「これか…」
車を停めるころには、あんなに小さかった滝が、見上げるほどの大きさになっています。一歩踏み出すごとに滝は大きくなり、豪快な音とともにしぶきが降りかかってきます。信じられないほど巨大なものに膨れ上がったその滝は、まるで巨大な白いテーブルクロスのよう。いわばマウントクロスとでも言うべき長方形の白い水流が山の上から垂れ下がり、目の前に立ちはだかっています。
数十メートルもの高さからとめどなく落下する大量の水から発生したしぶきはまさに天然のシャワー。気持いいからといって調子にのって近づきすぎると一瞬で全身びしょびしょになります。そして、今日も観客はたったひとり。これはこの国を好きな理由のひとつでもあるのですが、観光バスからぞろそろと出て来てみんなで眺めるのではなく、たったひとりで滝と向き合うのです。巨大な滝と対峙しているひととき。自然には到底かなわないと実感する瞬間。はじめは恐怖すら覚えましたが、いまとなってはこの水と音と空気に包まれることが快感にさえなりました。それにしても、こんな巨大な滝の裏側になんてまわることができるのだろうか。どう見てもまわれそうにありません。
「え?嘘でしょ?」
小さな看板が男の目を丸くさせました。その滝は探していた滝ではなく、スコウガフォスという滝。セイリャランドスフォスを探しているうちに見つけたのはまったく別の滝、あのとき見たのとは別のテーブルクロスだったのです。どおりで裏側に回れないはずです。やはりどこかで標識を見落としたのでしょうか。しばらく引き返してみたもののやはり現れません。滞在期間が長ければいいのですが、正味4日。少ない日数のなかで本来の進行方向と逆に進む時間がもったいなく感じ始めます。
「またいつか来ればいいさ」
目的とは違う滝だったとはいえあまりにダイナミックであったことが僕の心を満たしたのか、実家の壁を流れる滝を諦めることは難しくありませんでした。うまくいかないことも旅の醍醐味。ほんの少しだけ後ろ髪をひかれながら車は、休憩ポイントであるヴィークの街を目指し、東へと進んでいきました。
2009年11月22日 00:31
コメント
小さな悩みもさらってくれそうな滝ですね。「ガイドブックがすべてじゃないから旅がより楽しくなる」その通りだと思います。友達と行った旅先で、ガイドブックに載っているところを目指して歩いていて見つからずに険悪なムードが漂っているところで、別のいい場所を見つけたときに、あたかも自分からさらっと出てきたかのようにその言葉を使おうと思います!ふかわさんならマシュマロくんに道案内してもらえる日もそんなにとおくなさそうですね♪
投稿者: ちおりーぬ | 2009年11月22日 02:45
羊さんが導いてくれるなんて!現実もメルヘンもボーダーレスなのですね♪
「うまくいかないことも旅の醍醐味」
素晴らしい名言頂きましたー!。
投稿者: 咲子 | 2009年11月22日 13:55