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2009年11月15日

第382回「風とマシュマロの国〜アイスランド一人旅2009〜」

第二話 カゼノシワザ 
 ワイパーが左右に揺れています。レイキャビクの町を走って10分、車はリングロードにぶつかりました。左折すれば北西部、右折すれば南部。東横線で着いた渋谷から山手線で新宿方面か恵比寿方面かという感じです。もともと南部に行く予定だった僕はリングロードを右折すると、まるでワイパーが世界を切り替えるように一瞬にして景色が変わりました。あたりは荒々しい自然に覆われ、さっきまでの町並みが嘘のように、ケーキ状のおいしそうな山々がゆっくりと迫ってきます。
 最初に訪れたのが8月下旬、次が9月上旬。毎年行くという義務になってはよくないと思い、何度も本当に行きたいのか自問自答してから行くことを決意したものの、日程が決まらないまま9月が過ぎ、一度諦めかけたけれど諦めきれず最終的に白羽の矢が立った10月中旬という時期は、僕に様々な不安材料を与えました。一年を通して気温が高いのはやはり7,8月。それ以降は一気に下がり、日中はまだいいものの朝晩はマイナスになることも。また、降水量も多く日照時間も短くなるので、もはや大使館の人もあまりオススメしないほど、夏が過ぎ去ったアイスランドは寒くて暗い印象を受ける可能性もあるのです。だから今回の旅でイメージを変えるようなことに遭遇し、アイスランドを嫌いになってしまうかもしれない、そんな不安さえあったのです。
「きっと、嫌な部分も好きになるさ」
 付き合い始めて1年くらいに訪れる恋愛に似た感覚。仮に嫌な部分があったとしてももう僕はキミを嫌いになんかならない、むしろ、これを乗り越えてこそ本当の愛が生まれる。そんな自信もありました。だから僕は、好きな人のまだ知らない部分を知る必要があったのです。
 しかし、秋のアイスランドは想像以上に夏ではありませんでした。秋というより冬。道路こそ凍結していないものの、山々は雪の帽子をかぶり、これを秋と呼ぶには無理があるほど、視界は白で覆われています。でも、それくらいは覚悟の上。というのも、一番の不安は気温でも日照時間でもなかったのです。
「もしかしたら、いないかもしれない…」
 僕が最も不安を抱いていたこと、それは羊でした。訪れるたびに僕の心を穏やかにしてくれる羊たち。緑の牧草地帯でたくさん群がる羊たち。荒涼とした大地でも、のんびり草を食む羊たちの姿を見るとすーっと心が和むのです。いわば心の給水所、メンタルサポーター。もしもこの国に羊たちがいなかったらこんなにも訪れていなかったかもしれません。それくらい景色の印象が違うのです。放牧されるのは夏場だけで寒くなったら外にいないのでは、そんな不安を抱きながら僕はハンドルを握っていました。
「やっぱりいないか…」
 山々に点在する雪の塊がときおり羊たちに見えます。夏はあんなにいたのにどこにも見当たりません。やはりこれだけ寒いとさすがの毛皮でもつらいのでしょうか。今回は羊と戯れることのない旅になる、そんな覚悟をしはじめた頃でした。気付くと濡れていないガラスの上をワイパーが動いています。雨はやみ、雲の切れ目から光が差し込んできたかと思うと山々は帽子を脱ぎ、突然春が訪れたようにあたりは緑色に染まってきました。
「あっ!!!」
 思わず声を発していたかもしれません。遠くに白くて丸いものが一面に散らばっています。あれは雪ではありません、間違いなく羊たち。夏に見たときよりもさらに丸みを帯びています。もくもくと草を食む羊たちはとてもころころしていてなんだかマシュマロのよう。緑の上に転がるマシュマロ。そしてその大きなマシュマロを風が転がそうとしています。いつのまにか空一面に広がる青。もう白はマシュマロがひとりじめしています。陽光が車内を照らし、牧草地帯が海のように輝いていました。
「もしかして」
 なんとなくそんな気がして、ブレーキを踏みました。窓をあけて後ろを振り返るとそこにはしっかりと両足をつけた虹が弧を描いていました。遮るものはなにもありません。どこからどこにむかっているのかはっきり見えます。それは、以前見た夏と同じ光景。天気が変わりやすいアイスランドではふとしたときに虹に出会うのです。
「よかった…」
 すっかり冬の装いかと思えば、突然夏の雰囲気に包まれる。もはや不安材料はなくなっていました。それにしても、白い雲たちはどこへ行ったのでしょう。これもわがままな風のしわざでしょうか。夏のような日差しが大地を温めています。いつものように窓を開けて大声で呼びかけます。太陽の光を跳ね返しながらまっすぐに進む車を、マシュマロたちが見ていました。

2009年11月15日 13:39

コメント

 「秋のアイスランドは想像以上に夏ではありませんでした。秋というより冬。」

 ・・・一年ほど前に、(どちらかというとバラエティ風の)番組でアイスランドの映像を見たことがありますが、(番組のつくりにも原因があったのかもしれませんが)「『木』が生えていない所だったなあ〜」と、今にしては思います。日本では普通に見かけるような落葉広葉樹は当然としても、針葉樹の類すらも目には入ってきませんでしたので。それゆえに、余計に寒々とした感じのする場所もあるようですね。
 
 ただ、
 「雨はやみ、雲の切れ目から光が差し込んできたかと思うと山々は帽子を脱ぎ、突然春が訪れたようにあたりは緑色に染まって」
くることもあるようで、トータルとして“秋”ということのようですね。


 それにしても、(今回で言うと羊のくだりですが)ふかわさんは“暖色系の風景描写”が上手いですね・・・(私は“寒色系の”文章表現を好んで用いるので、余計にそう感じるのかもしれません)。

 
 

投稿者: 明けの明星 | 2009年11月15日 15:58

そこに存在しているだけで優しい幸せな気持ちになりますね!
羊さんは天使ですね!。

投稿者: 咲子 | 2009年11月15日 23:16

私が同じ場所に行ってもこのようには見えないのかもしれません。
ふかわさんの観た景色が
美しい情景となって鮮やかに浮かぶ
この旅行日記を覗き見でき、楽しいヒトトキでした。
また旅行気分を味わいに来ますね。
ありがとうございました。

投稿者: lotta | 2009年11月16日 09:53

羊と虹と素敵な光景が頭をよぎります。あくまでも想像ですが。ふかわさんの旅行記からは色彩に溢れた景色が目に浮かんできて楽しくなります。Thanks.

投稿者: Hanabi | 2009年11月16日 22:42

それまでは気にもしなかったのに、いつだったかテレビでマシュマロ達がかたまりとなってドドドと走る姿を見て、きゅんときました。

豊かな毛皮のせいで、羊と羊の間にスキマがなく、密着している感じがものすごく「愛くるしい」と感じたようです。

人に説明しようとするとなかなか伝わらないのですが・・・

マシュマロ。また可愛さ倍増しました。

投稿者: aldo | 2009年11月17日 12:06

羊とマシュマロ、青い空に完全な形の虹!!ふかわさんのテンションがこちらまで、ひしひしと伝わってきます♪決して派手ではないけど、かみしめるような幸せ・・・アイスランドはステキすぎる☆私もいつか一人で訪れてみたい国です。あぁ、ステキ。

投稿者: 抹茶ラテ | 2009年11月17日 21:15

ふかわさんは10月中旬にアイスランドへ行かれたんですね。
私も同じ時期にアイスランドを訪れていたんですが、ひょっとして同じ時期なのでは…と思い驚きました。
私が滞在した間で虹が出たのは一日だけだったので…。
私はIceland Airwaves'09というフェスの為に訪れたのでレイキャビクだけの滞在でしたが、ふかわさんのブログを読んだら次回は他の場所に行ってみたいなと思いました。
アイスランド。予想以上にハマる国ですね。

投稿者: tsukiko | 2009年12月02日 00:29

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