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2009年04月19日
第357回「さよなら親切の国〜step into the sunshine〜」
第三話 オリーブと太陽と白い町
6月から9月までが乾季のポルトガルは秋から春にかけて雨が多く不安定だとガイドブックに書いてあったのでしっかりスーツケースに入れておいた折り畳み傘やレインコートに申し訳ないくらいの青空が広がっていました。雲ひとつなく、太陽が燦燦と輝いています。温度計は28度を指していました。
「なんだあれ…」
高速道路に乗ってすぐの橋を渡っていると左手に背の高い像が見えてきます。なにも知らなくてもシルエットだけでなんとなくわかりました。太陽に照らされたキリスト像。両手を広げてリスボンの街を見守っています。ポルトガルは国民の97%がカトリック信者なのです。
それにしても噂では聞いていたものの、皆スピードがはやいです。120キロ以上で走っている車も珍しくありません。もしかするとヨーロッパで売られている日本のガイドブックには、「この国の運転はのんびり」と書いてあるかもしれません。右側通行で高速道路は3車線ですが一番左が追い越し車線なので日本とは逆。たしかに物凄いスピードで通り過ぎて行く車もたまにありますが、量自体少なくそれこそ日本の首都高で訓練された僕にとってはとてもわかりやすく安全快適で、また数十キロおきに「エリア・ジ・セルビシオ」いわゆるサービスエリアもあり、形態こそ違うものの日本と同じようにのどかで幸福な雰囲気が流れています。こうして、日本から抱えてきた多くの不安は時間とともに解消されていったのです。
車窓からあっというまに建物の姿はなくなり地平線に向かってのびるアスファルト以外は一面緑色の平原で覆われました。きみどり色と濃い緑のコントラスト。小さく丸みを帯びた木々が列をなしている光景は童話の世界にいるようです。オリーブ畑、コルク樫、牧場、それらがゆっくりと車窓を通過し太陽だけが僕の車についてきます。時折訪れる緩やかな起伏と曲線。背の高いものがないからそれだけ空が大きいです。アイスランドのごつごつしたダイナミックな自然と違って、ここにはかわいらしく穏やかな自然がありました。
「ここで降りるのかな…」
高速道路を降りるとさっきまで遠くに見えていたオリーブの木々がすぐ両脇に並びはじめ、信号のない道がまっすぐに伸びています。信号も電柱もない道を、僕はある場所を目指して走っていました。今日のメインディッシュではなく前菜のようなところでしょうか。しばらくして目的地の文字が記された看板を通過します。ポルトガルでは街や村の入り口に看板が立っているようです。こうした看板が上になく地面に立てかけられていることも空が広く感じられる要因のひとつでしょう。空を奪うものはなにもないのです。
「これか…」
丘の上にまぁるいスタジアムのようなものが見えてきました。頂上の茶色い城壁から白い世界が広がっています。それは、アライオロスという小さな町でした。町と言うべきか村と呼ぶべきか、車一台が通れるくらいの石畳の道とその両脇に並ぶ白い家々。家といってもいわゆる戸建というよりは白い壁にただ玄関と窓がついているだけ。それぞれの壁には水色だったり黄色だったりラインがはいっていておもちゃの町並みです。ここでは絨毯のお店が多く、白い壁にカラフルな毛織の絨毯がかかっているかと思えば、それとは対照的に黒い衣装をまとったおばあさんが石畳をのんびり歩いています。
白い迷路のようなその町は、丘の上から放射線状に階段がのび、どこからでも城壁まであがることができます。階段をあがっていくとそれまで見えなかった家々の茶色い屋根が見えてきました。青い空と白い家、茶色い屋根とオリーブの緑。ぶつかり合うものはなにもありません、すべてが調和しています。ラジオが流れているのか、どこからか音楽が聞こえてきました。カフェのテラスでお茶をしている人たち。木々のまわりで遊ぶ鳥たち。僕は絵本の中にいるのでしょうか。アライオロスではゆったりとした時間が流れていました。
前菜をおえると本日のメインディッシュへ向かいます。車もほとんどない一本道に時々小さな街が現れてはそのかわいらしさに車を降りて散策したくなります。また交差点、といっても信号はなくロータリーのような場所で曲がるポイントを誤って道に迷ってしまうことがあるのですが、それも嫌ではありません。なぜなら会話をする機会ができるからです。ここでは道を尋ねられて一瞬でも嫌な顔をする人はいません。紙に書いたり途中まで送ってくれたり。なんだかみんな教えたくてしょうがない感じです。リスボンから離れれば離れるほど彼らの言葉は温かみを増し、離れれば離れるほど英語を耳にしなくなるのですが、言葉はわからなくても、声のトーンや身振り、表情などでなんとなく想像できたりするものです。それに、理解できなくてもいいのです。彼らのやさしさを感じられればそれでいいのです。
「じゃぁ途中までいくからついておいでよ」
「え、いいんですか?」
もしかするとこの国では地図はいらないのかもしれません。Tシャツ一枚になった日本人となかなか話をやめない現地の人との触れ合いを太陽とオリーブの木々が見守っていました。
2009年04月19日 13:39
コメント
いいですね、情景が目に浮かびます。
旅として通り過ぎるのではなく、ちょっと滞在してみたいな。
投稿者: koo | 2009年04月19日 16:19
風景が目に浮かぶ、穏やかで優しい文章ですね・・・・。読み手の私までも穏やかな気持ちになることができます。
(私事で恐縮ですが)4月25日(土)からインターネット設備の無い田舎に2週間ほど帰省しますので、戻ってきたときにどういう話が綴られているか・・・・愉しみにしたいと思います。
投稿者: 明けの明星 | 2009年04月19日 22:42
羨ましくてたまらないです。海外なんて行ったことない。
前これから海外に旅立つというお客さんに出会い、「子育てが終わって、自分たちのお勤めが済んだら海外なんていくらでも行けるんだから!今のうちにお金貯めてそれを励みに頑張りなさい^^」って言われたこと思い出しました。
何事も前向きに考えると道は自然と拓けるし、そのお客さんの言葉がなければただの無い物ねだりで終わっていただろうなと。やっぱり人は人に育てられるなぁと思いますね。
そこに人がいる限り何とかなるのかなぁ、やっぱ。有難いです。
投稿者: 凛 | 2009年04月22日 15:28
自分で道を選んでマイペースに行けることを考えると場所にもよりますが、可能な限り訪れた土地で運転したいものです。
私はハワイ(オアフ島)で運転したことがあります。
にぎやかなワイキキビーチに背を向け、オリーブ畑ではなく赤土のパイナップル畑に延びるのどかな道を走っていると水平線が現れ、目の前の景色が空と海の青でいっぱいになった時、ハワイに対する先入観が無くなり、好きになりました。
一度受け入れると、ささいな事でも素敵な旅の思い出になりますね。
ポルトガルでのお話、この先も楽しみです。
投稿者: ダイドードリン子 | 2009年04月22日 20:48
ふかわサンって本当に文才ありますよね。読んでいるとポルトガルの美しい風景が目に浮かびます。私は文章を書くのが苦手なので、こんなステキな文を書けるふかわサンが羨ましいですッ!それに言葉も大して伝わらない国に行って、色んな場所へ出かけて行くその行動力とガッツも凄いなぁと思います♥ でも、確かに言葉は分からなくても、声のトーンや身振り、表情などで何となく想像出来たりする時ってありますよね。私もイギリスに来たばっかりの頃は、全く英語が話せなかったので、殆どジェスチャーなどを使って友人や先生方と会話をしていました(>o<) 今でも英語はFluentではないんですけどね (笑)
第四話凄い楽しみにしてますッ♥*。
投稿者: 莉瑛 | 2009年04月24日 12:57