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2008年12月07日

第340回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜最終話 すべてはひとつ」

 「あぁ、終わってしまった...」
 もうあとは帰るだけ、という状況ほど旅においてせつないものはありません。せつなさと、いい旅だったという満足感とが交錯し、なんだか泣きたい気分になります。カウンターで荷物を預け、飛行機の出発を待ちました。早朝にもかくわらず出発ロビーは多くの人たちでにぎわっています。リュックをテーブルの上に置き、ぼーっと行きかう人々を眺めていると、これまでのことがスライドショーのように頭に浮かび上がってきました。
 ホテルに向かうバスの中。ディニャンティの滝。ラートラビヤルグの絶壁。一緒に食事をした夫婦。サンドイッチを作ってくれた娘さん。大地から噴きあがる白い煙。水色の温泉。そして、旅の間ずっと僕の心を和ませてくれた羊たち。思い出そうとしなくても勝手に蘇ってきます。
 それにしても、どうしてこんなにも心が潤っているのでしょう。旅の途中で会った人はどうして僕の心を満たしてくれるのでしょう。人と出会い、人と接すること。地位も名誉もすべてを取り払い、人と人とが触れ合うこと。気持ちが通じ合うだけでこんなにも幸せな気分になるのです。おいしいものを食べてお腹が満たされるように、人と接することによって心が満たされる。まるで本能的な欲求が満たされるかのように、それだけで幸せになれるのです。
 もしかすると、すべてはひとつ、ということなのかもしれません。人類は、物理的には離れ離れであるけれど、それはいわば細胞分裂をしているだけであって、もともとはひとつだった。だから、離れ離れだったものがつながるだけであたたかい気持ちになるのです。心が満たされるのです。そのために、愛があるのです。愛がすべてをつなげるのです。愛が人と人とをつなぎ、音楽は言葉を越え、自然がすべてを包み込むのです。だから僕が目にした人も大地も空も海も、すべてひとつなのです。人間は自然をコントロールする生き物ではなく、まぎれもなく自然のほんの一部にすぎないのです。すべて、自然から生まれた子供たちなのです。
 「そういえば、ここで...」
 飛行機が1週間ぶりのコペンハーゲン空港に到着すると、ずっと奥に追いやられていた苦い思い出がよみがえってきました。モノをなくすといいことがある、というのをきいたことがありますが、まさにそういうことだったのかもしれません。財布をなくしたかわりにオーロラを見ることができたのだから。財布をなくさずにオーロラに遭遇というのもいいですが、財布をなくしたからこそ、オーロラはいっそう輝いて見えたのかもしれません。
 「もしかして...」
 でもまだ、少しだけ可能性は残っていました。というのも、紛失したときに伝えておいたインフォメーションセンターに行けば、もしかしたらマリメッコの財布が届いているかもしれません。このまま乗り換えせず、一度ゲートから出れば訊ねることができます。これでもしも財布が戻っていたら、すべて丸く収まるのです。
 「...まぁ、いいか」
 財布をなくしたことも、それもいい思い出。取り戻す甘味よりも、ほかの甘い部分を引き立てる苦味のほうを選びました。
 離陸前に荷物を整理していると、今回の旅で大活躍したCDがでてきました。いま手にしているこの一枚のCDRに、旅のすべてがつまっています。青い空も、水平線にむかう太陽も、視界を閉ざした霧も、雨も。エイジルスタジルの虹。オレンジ色の灯台。夜空に浮かぶオーロラと、執拗に話しかけるドイツ人。このCDの中に、全部つめこみました。このCDがあれば僕はいつでもアイスランドにいくことができます。この中にある音楽がながれたら、僕はいつでもあのオーロラを見ることができるのです。
 「当分、きかないでおこう」
 そして飛行機はコペンハーゲンを飛び立ちました。窓の外を眺める彼の中にはすっぽりと、アイスランドがはいっていました。

あとがきにかえて

 ということで、一週間の出来事を13週、約3ヶ月にもわたって書き綴ってきました。よくもまぁこんなに時間をかけてと思うかもしれませんが、当然僕の中でも、「きっとみんな次回が楽しみでわくわくしてるぞ!」なんていう風には思っていなく、毎回読んでくれている人に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。ただ、それでも「アイスランドに行きたくなりました」「旅行気分が味わえました」という感想を送ってくれる人もいて、それらの言葉は僕をとても穏やかな気持ちにさせてくれました。だから、ここまでたどり着いたみなさん、本当にありがとう、そしてお疲れ様でした。
 そもそも旅立つ前は、それこそ旅行中は、今回のアイスランド紀行文を書くつもりはまったくなかったのです。書くことを前提に旅をすると、気持ちがそういうモードになって楽しさが半減してしまうからです。しかし、例の自然の神秘に遭遇したとき、これを伝えないで何を伝えるんだ、そんな思いが芽生えてしまったのです。ただ、ひとつ問題がありました。オーロラの感動を伝えるのにどこから書くべきなのか。いきなり最終日でいいのだろうか。そこにたどり着くまでの道のりがあってこそのオーロラ。しかも紛失したCDRの曲とリンクしているんだし。そんなことを考えていたら、13話になってしまったのです。心がアイスランドに旅立ったとき、それがこの紀行文のはじまりなのです。
 強くおすすめするわけではありませんが、これまで毎週読んでくれた人も、そうでない人も、もし余裕があったら完成した状態で、最初から一気に読んでもらうと、よりいっそうイメージしやすいかもしれません。アイスランドをより体感できるかもしれません。さらに時間があれば、2007と2008を読み比べたりするのも。ほんとにおすすめはしませんが。ちなみに今回も写真を添付しなかったのは、読み手のイメージを限定させたくなかったからです。写真を載せることは一長一短ですが、そこに依存したくなかったのと、それぞれ自由にアイスランドをイメージしてほしかったのです。
 今回旅をして、アイスランドが僕の体のなかにすっぽりはいってしまいました。なにをしていても僕のなかにはアイスランドがあるのです。だからもし、興味を持たれた方は、是非いちど実際に足を運んで、わずらわしいことを全部請け負って、体感することをおすすめします。人生観がかわるとはいいませんが、人によっては変わりますが、予想以上に得るものがあるはずです。そして帰ってきたとき、あなたの心の中にもきっとアイスランドがすっぽりとはいっているでしょう。地球をもっと好きになることでしょう。人生に一度、アイスランドを。

1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年12月07日 23:21