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2008年11月30日
第339回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第十二話 ノーザン・ライツ」
それは、ホテルの人の声でした。
「ほんとですか?!わかりました!ありがとうございます!」
受話器を置くと、ベッドから飛び起きました。
「うそでしょ、そんなことって...」
上着の袖がうまく通りません。部屋をものすごい勢いで飛び出すと、ものすごい勢いで戻ってきて、テーブルの上にあったオーディオプレイヤーを手に取りました。あらためて部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けテラスにでると、ほかの宿泊客が何人かいます。そして僕は肩を揺らし、彼らと同じ様に空を見上げました。
「これか...」
僕を待っていたのは、夜空に浮かぶオーロラでした。最終日の深夜1時半、上空に現れたオーロラに気付いたホテルのスタッフが、翌日帰国する日本からの旅人に連絡してくれたのです。
「これが、オーロラか...」
それは、ある意味奇跡でした。スウェーデンなどの北部地方で、防寒着をしっかり着込んで何時間も待たないと見られません。それこそオーロラツアーをしても見られずに終わることがあるほどです。つまり、人生で見られるかわからないのです。アイスランドでは比較的オーロラが見えやすいとはいえ、10月以降。しかも、冬でも晴れていないといけません。まだ9月になったばかりのアイスランドの夜空にオーロラは珍しく、相当運がいいということなのです。僕自身、もしかしたらとすら思っていなく、オーロラのことなんてまったくもって期待していなかったのです。
「まさか見られるなんて」
すると近くにいた男性が話しかけてきました。
「キミ、オーロラははじめてかい?」
「はい、はじめてです!」
「そうか、キミはラッキーだよ。こんな時期にオーロラは見られない。せいぜい10月くらいだよ」
ワイングラスを手にし、かなり酔っ払っているようです。
「君は日本人かい?」
うなずくと彼は嬉しそうに話し続けました。
「そうか、日本人か!僕はドイツ人だ。ちなみに日本とドイツは共通点がいくつかある...」
オーロラを見ていたいけど、酔っ払いの相手もしなきゃいけません。彼の顔とオーロラを交互に眺めます。
「俺は実はパイロットをやっているんだよ。君は将来なにになりたいんだい?」
「日本ではいま、テレビの仕事してるんです」
「テレビの仕事?なれるといいなぁ」
日本人は若く見えるのでしょう。
「それにしても、キミはラッキーボーイだよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「こんな時期にオーロラは見られない。せいぜい...」
「10月以降とかですよね」
「そう。ちなみに日本とドイツは共通点がいくつかある...」
アルコールが、彼の話をループさせます。共通点を聞いているうちに、ほかの人たちは皆部屋に戻り、テラスには日本人とドイツ人のふたりだけ。第二次世界大戦の影響がこんなところにもでていました。
「このオーロラはいつまででているのだろうか、写真を撮れないものだろうか」
さすがに話し疲れたのか、ようやく彼の口の動きが止まりました。もう部屋に戻る、そんな気がしました。
「いやぁ、しかし、君はラッキーボーイだよ...」
こんなにもラッキーボーイだとは自覚していませんでした。そのあとはきっと共通点の話をしていたのでしょう。彼の言葉が遠のいていきます。結局30分ちかく話をしていたでしょうか。ようやくドイツ軍は撤退し、僕ひとりだけになりました。
「やっとじっくり見られる」
しかし、ようやく初めてのオーロラを一人で浸れる状況になったものの、どこか満たされない感じがありました。というのも、これまで写真で見たものと大分違うのです。光のカーテンなどと表現されるのに、光というよりもどこかかすんだ雲のよう。生で本物を見たという感動こそありますが、規模の小ささとイメージとの違いに多少不満が残りました。
「まぁ、こんなものか...」
若干こぶりなのを時期と場所のせいにしながらしばらく眺めていると、突然様子がおかしくなってきました。
「なにこれ...」
ひとりになってから間もなく、オーロラが突然動き出したのです。それまでかすんだ雲のように空の一部分にあったものがふわーっと広がり始め、白一色だったのが七色に発光し、あっというまに上空いっぱいに映し出されました。右から左へ左から右へ、そして真ん中からシャワーのように光が流れていきます。たしかに光のカーテンのようで、川の流れのようで、天空の生き物のように光が舞っています。空をスクリーンに、幻想的にうごめく光はもはや現実のものとは思えません。
「こういうことか...」
そう考えると、ワイングラスの男性がいたからこの光景に出会えたともとれます。それにしても、この天体ショーはなかなかおわりません。10分たっても20分たっても消えず、しかも常に違う動きをするので目が離せません。ずっと見上げているのがつらくなり体を地面に預けると、その冷たさが背中に伝わってきました。ポケットに入れておいたオーディオプレイヤーをとりだし、かじかんだ手でヘッドホンを装着すると、外の音が遮断され、自分の呼吸や心臓の音が聞こえてきます。そして、音楽が流れてきました。夜空を舞う光と、それと戯れるように、ときおりこぼれおちる流れ星。夜空のフルコースといった感じです。そしてこの宇宙の神秘に遭遇することをわかっていたのように、ディスプレイには「northern lights」と表示されていました。「オーロラ」という意味です。今回の旅のために無限にある曲のなかから選ばれた一曲、その曲と現実がつながりました。いま目にしているすべてがここに刷り込まれていきます。やがて、夜空のページをめくられるように朝日が昇り始めると、それにバトンタッチしてオーロラは消えていきました。
「やばかった...」
それは、自然からのご褒美でした。まだオーロラというものが知られていないとき、人はそれをどう思ったのでしょう。もうすべてが終了したと思っていただけに、最後の最後に訪れた予期せぬプログラムに、満足度は測定不能の域に達しました。
「起こしてくれてありがとうございました」
空港に向かうのは僕だけでした。
「なかなか部屋に戻れなくて、結局朝まで見ちゃいました。」
いろいろ会話をしていると、彼女が僕の好きなアークレイリ出身だとわかりました。冬の雪で覆われたアークレイリもなかなかいいそうです。窓ガラスが結露で覆われた車は、15分ほどで空港に到着しました。荷物を降ろし、二人で写真を撮ると、彼女の手を強く握りました。また来ることを約束して。
「タックフィリール」
この言葉が、最初に覚えたアイスランド語になりました。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年11月30日 09:23