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2008年11月02日
第335回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第八話 別れの情景」
出発して8時間が経過しようとしていた頃、ようやく見覚えのある町並みが見えてきました。長時間のドライブだったとはいえ、飛行機であれば20時着だったところ、見知らぬ景色を見ながら15時に着いたのだから、悪くない選択だったかもしれません。
昨年訪れて以来すっかり僕を虜にしてしまったその町は、アークレイリと呼ばれるアイスランド北部の町です。レイキャビクに次ぐ2番目の町なのですが、それでも人口は1万5千程度。ちなみに夏は太陽が沈まなくなり、ミッドナイトサンシティーとも呼ばれます。実際、昨年の滞在日数で考えると最も長くいた場所で、僕にとってはレイキャビク以上に馴染み深く、愛着のある町なのです。人口の8割が集まるレイキャビクは交通量が多いのに比べ、水辺にあるこの街はとても静かでいつも落ち着いています。水の近くであることが、この町の人々の心を落ち着かせているのでしょう。
ここから1時間ほど車を走らせると、巨大な滝や温泉にであうことができます。「巨大」は温泉にもかかっています。見知らぬ場所もいきたいけど、昨年の感動をもう一度味わいたくて、早い段階から今回の旅のプランにはいっていたのです。これまでの数百キロの道のりも運転できたのも、ゴールに温泉があるからでしょう。でも、その温泉に行く前に、僕にはやるべきことがありました。
「疲れたぁ...」
「そうだよね、さすがに8時間だもんね」
「やっぱりそんな経つのか...」
「でも、もう大丈夫、安心して」
「安心?」
「そうだよ。もうゆっくり休めるから」
車はガソリンスタンドにはいっていきました。
「どしたの?まだぜんぜん残ってるのに」
「わかってる。でも満タンにしないといけないから」
「しないといけない?」
給油を終え、運転席に座ると僕は、真剣な表情で彼に伝えました。
「君とは今日でお別れだよ」
「お別れ?」
「あぁ、そうだ」
「え?どして急に?」
「わかるだろ、もう君とはやっていけないんだ」
「やっていけないって、なんで?ここまで楽しかったじゃない!」
「だって、CDが聴けないんだもの」
「そんなのどうでもいいじゃんか!ヘッドホンだってあるんだし!」
「どうでもよくないんだよ!!」
その言葉に彼は黙りました。
「ごめん、大きい声だしちゃって...でもやっぱり俺、CDが聴きたいんだ。ヘッドフォンじゃぽろぽろ落ちちゃうし、音圧も弱くなる。もっと体で感じたいんだよ!」
「そんなぁ...」
「だから君とは...この街でさよならだ」
「この街で?」
僕は黙って頷きました。
「...それで、どうするの?」
「新しいパートナーを見つけるさ」
「ここで別れたら、乗り捨て料金かかるよ」
「わかってるよ。いくらお金がかかっても、車でCDが聴きたいんだよ。大きいスピーカーで聴きたいんだよ。だから...」
「だから?」
「ありがとう...」
エンジンのかかる音がしました。車はスタンドをはなれ、レンタカーオフィスにはいっていきました。
「すみません...」
奥から若い男の人がでてきます。
「あの、ここで借りた車ではなくて...」
レンタルしたイーサフィヨルズルのオフィスに夕方返す予定だったことと、引き続き借りたいこと、そして、できることなら...。
「車を替えたいんですけど」
僕はおもいきって気持ちをつたえました。こんなにも気持ちをこめて「change」を発音したことがあったでしょうか。
「つまり君は、あの車をイーサフィヨルズルから乗ってきて、引き続き乗りたいけど車は替えたい、ということなんだね。わかった。でも、車を替えたいというのはどうしてだい?」
「それはですね...」
CDが聴けないこと、そしてそのことがいかに重要なことか伝えました。
「CDが?」
「そうなんです、デッキにはいらないんです」
確認をしに車に向かう彼の後についていきました。
「なんか中にある鉄のシャッターみたいのが閉まってるんですよ」
車内では、アイスランド人と日本人がCDの挿入口を見つめています。そして彼は持ってきたCDを挿入口に向けました。
「あ...」
CDは彼の手元からはなれ、なんの滞りもなくすーっとはいっていきました。
「え?!」
僕は目を丸くしました。スピーカーからしっかりと音が流れています。
「嘘でしょ...」
「問題ないみたいだね」
「いや、違うんです!ほんとにはいらなかったんです!」
それは単純なことでした。なぜか、日本では見かけない「load」ボタンがあり、このボタンを押さないとCDがはいらず、拒絶してしまうのです。
「ったくほんとにおっちょこちょいだなぁ」
「っていうか、自分の車のことなんだからそれくらい知っておいてよ」
結局パートナーは替わることなく、旅を続けることになりました。
「よし、じゃぁ出発だ」
「え?まだ走るの?ちょっと休もうよ」
「だめだよ!温泉に間に合わなくなっちゃう!」
そして、遂にそのときが訪れました。念願のオリジナルコンピレーションCDがようやく輝くときです。僕の指がロードボタンにふれると、鉄のシャッターが開放され、ニンジン嫌いの子供が突然ニンジンを好きになったかのように、そこからCDがすーっとはいっていきます。そして、スピーカーから音が流れてきました。
「やっぱりヘッドホンよりいいよ」
この状態をどれだけ待ち望んだことでしょう。すべてが、すべての汗の結晶がいま、音になって僕を包んでいました。車はアークレイリの街から離陸するように、坂を登っていきます。鉄のカーテンに無理矢理ねじこんでいたために周囲がガリガリになった痛々しいCDがデッキの中で回転していました。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年11月02日 09:23