« 第332回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第五話 レットイットビー」 | TOP | 第334回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第七話 カナシミノムコウ」 »
2008年10月19日
第333回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第六話 サンドイッチの朝」
「4時かぁ...」
ヨーロッパに行くと必ずそうです。時差ボケでやたら早く起きてしまい、いつも朝食までの時間を持て余すのです。もう一度寝ようとしてもどうも眠くならず、ホテルの周辺を散歩することにしました。
昼間は10度近くまであがるものの、朝晩はかなり冷え込み、手袋が恋しくなります。日が昇る気配もなく、ただ一本の街灯が暗闇を薄めています。湾の向こう側にはパトレクスフィヨルズルという町があり、その街明かりがぼんやりと浮かんでいました。娘さんが言うにはそこが一番近い街で、往復1時間半かかるそうです。5分でコンビニにいける世界ではありません。空は灰色の雲で覆われ、いまにも泣き出しそうです。羊や馬たちはまだ眠っているようで、ただ波の音だけが時折きこえてきます。
「今日はどうしようか」
特にきっかり予定を決めていなかった僕は、夕方の飛行機で昨年訪れたアークレイリという街に行こうと思っていましたが、なんだか無性に車で行きたくなってきました。というのも、その場所への直行便はなく、一度レイキャビクを経由しなければならず、また、来た道を戻るよりも見知らぬ地を通過したいからです。たとえば大阪から金沢にいくために、一度羽田によらなければならないのなら、大阪から金沢まで車で行ってしまおう、みたいなことです。さらに、アークレイリの先にある温泉にはいるには夕方の飛行機だと間に合わなくなる可能性もあり、それこそ悪天候で飛行機が飛ばなくなる恐れだってあります。
とはいえ、実際予想される距離は大阪から金沢どころの話ではありません。500キロ近くあるのでおそらく車で7,8時間はかかるでしょう。となると、朝食までじっとしているこの状態がいてもたってもいられなくなります。これが10日間くらいの旅であればのんびりもできるのだけど、今回の日数だとどうしても無駄にしたくないという思いが強くなるのです。
「よし、出発しよう!」
そして旅人は荷物をまとめはじめました。朝食を待たずに出発することにしたのです。外は明るくなってきたものの、誰も起きている気配はありません。まるで夜逃げするように荷物を車に運んでいると、お見送りするかのように、3頭の羊が山から下りてきました。
「これでいいかな...」
入り口の机に置手紙と宿泊代金を置き、車に向かいました。しかし、どうも心がついてきません。体はチェックアウトできても心がだめなのです。昨晩、時間をともにした人たちに黙って出ていっていいのだろうか、挨拶せずに帰っていいものだろうか、そう思うとエンジンをかけることもできません。そんな自問自答をしていると、建物から食パンを抱えた娘さんが出てきました。
「おはようございます!」
早起きに驚いた様子でした。
「あの実は、急遽予定を変えて、もう出発することにしたんです」
そして、お金を置いたことを説明しました。
「そうなの?わかったわ。ところで、朝食は?」
「あ、大丈夫です、そんなお腹すいてないですし」
「いいわ、つくってあげる」
「いや、大丈夫ですって!」
僕の言葉が言い終わる前に彼女は厨房へはいっていきました。冷蔵庫の開く音や包丁の音が聞こえてきます。そして5分もたたないうちに彼女は戻ってきました。
「はい、これ持っていって」
それは、茶色の食パンで作った、ハムとチーズのサンドイッチでした。
「ありがとうございます!ここに泊まってほんとによかったです。あと...」
続けて言いました。
「手紙にも書いたんですけど、昨日一緒に食事をしたアメリカ人の夫婦にも...」
「もちろん、伝えておくわ」
そして二人で写真をとると、握手をかわし、また来ることを約束しました。
「やぁ、おはよう!」
サンドイッチを手にして車に戻ると、その横で荷物の整理をしている男性がいました。
「早起きだね、どこかいくのかい?」
昨日一緒に夕食を食べた男性です。僕は彼女と同じ様に、経緯を話しました。
「そうか、もう出発か。あ、ちょっと待ってな」
写真が趣味という彼は車の中にもぐりこむと、中から三脚つきのカメラを取り出しました。
「じゃぁそこの前に立って」
静かな朝にシャッターを切る音が響きます。そして僕のカメラにも二人の姿がおさめられました。
「幸運を祈るよ!少年!」
「はい、奥さんにもよろしくお伝えください」
「わかった、伝えておくよ。気をつけてな」
「はい、ありがとうございます!さよなら」
砂利道を走るタイヤの音が彼と白い建物を遠ざけていきます。
「直接伝えられてよかった」
うしろめたい気持ちは一切なくなりました。もしなにもいわず出発していたら、気になって途中で引き返していたかもしれません。
それにしても、ほんの一日なのにどうしてこんなにもせつないのでしょう。人と人とが知り合うことが、どうしてこんなにも素晴らしいと感じられるのでしょう。もうあの夫婦と出会うことはないかもしれない、でも、この一度きりの出会いは一生、僕の心に残るはずです。幸せとせつなさとが涙になってあふれてきます。
「いつかかならず...」
沿道の羊たちは、朝食をとりはじめていました。
<サイン会情報>
本日10月19日14時〜金沢・文苑堂書店にて
「ジャパニーズ・スタンダード」のサイン会を行います。お近くの方はぜひご参加ください。
〜「ジャパーズ・スタンダード」(KKベストセラーズ刊)〜
〜 発売記念サイン会金沢にて開催! 〜
10月19日(日)14時〜
文苑堂書店示野本店
(イオン金沢示野ショッピングセンター内)
問い合わせ先: 076-267-7007
※上記書店にて「ジャパニーズ・スタンダード」をご購入の方に整理券を配布します。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年10月19日 09:25