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2008年10月05日
第331回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第四話 地の果て」
「あと80キロ...」
ようやく今日の目的地である「ラートラビヤルグ」の文字が看板に現れました。アイスランドの道路標識は必要最低限しかないので滅多に見かけません。それだけ混乱することもなく、ましてや普段大都市で無数の看板や交差点で鍛えられている人にとっては、よほどのことがないかぎり道に迷うことはなさそうです。それだけ、この国で運転していると、普段いかに無意識にいろんな情報を確認しながら運転しているのかを痛感するのです。
「あと60キロ...」
ところで先程からでている「ラートラビヤルグ」とは一体なんなのかというと、アイスランドでも特別メジャーな場所というわけではありません。ガイドブックなどを見ても必ず載っているわけではなく、なんとなく軽く触れている程度。それこそ、このアイスランド北西部というエリア自体が、「神秘的なエリア」とか「不思議な体験に遭遇するかも」、といった抽象的な表現ばかりで、明確な観光名所が提示されていないのです。僕自身、映画の舞台となっていなかったら訪れていたかわかりません。それでも今回の旅の目的にしたのは、そこで体験したいことがあったからです。
「時間のある人は、ぜひラートラビヤルグで地の果てを実感して欲しい」
本に書かれたこの文字が、僕をその場所へ向かわせたのです。
「地の果てって一体どんな感じなんだ」
ラートラビヤルグはアイスランド北西部の先端、右の手の平をひろげたときの小指の先に位置します。そこに、何百メートルにもわたる、高さ数十メートルの断崖があるのです。逆に言えば、断崖があるだけです。しかし、その崖に立ったときの感じる「地の果て」は、なかなか体験できるものではないだろうと、勝手な期待をしていたのです。
「あと15キロ...」
起伏が激しく、ぐんぐん登ったかと思うと、一気に下っていく、そんなことを何度もくり返します。羊を見かける頻度もだいぶ下がってきました。そして、インフォメーションの人の言うとおり、車を借りてから5時間ほどたった頃です。
「ここだ...」
その道の終点が訪れました。もう先に道はなく、ガラス越しに灯台らしき小さな白い建物がみえます。エンジンをとめてドアを開けると、一気に風が流れ込んできました。車を降り、ゆるやかに傾斜している地面を歩いていくと、白い灯台の向こうに海がひろがってきました。夕方5時くらいなのに太陽が真上から照らしています。周りには誰もいません。ただ、風の音と波の音とが入り混じってきこえています。
「ここが地の果てか...」
まるで大陸が刃物で切り落とされたような断崖がそこにありました。やはり柵もなにもありません。そこでばっさりと大陸が終わっています。あと一歩前にでたらそのまま海に転落するというところに立ち、真下を覗き込むとさすがに足がすくみます。ただ、そこはまだ一番高いポイントではなく、崖のふちに沿って歩いていくと、崖はそこから空に続くようにさらに高くなっていきます。
「結構歩いたな...」
ラートラビヤルグの断崖の一番高いところに僕はいました。車はもうはるか遠くにいます。崖の下からたくさんの鳥たちがものすごい勢いで飛び、もう人間の領域ではない場所にやってきたかのようです。風と海の音、太陽の光とそれに照らされた海の輝きを一度に感じられる「地の果て」は、なんだか現実と非現実の境界線のよう。人類の支配がとてもちっぽけで愚かにすら感じてしまいます。
「これはやばいかも」
さっそくオーディオプイヤーをとりだし、ヘッドホンをはめると、自分の息遣いが鮮明に聞こえてきました。そして音楽が流れてきます。部屋で聴くと退屈に聞こえるようなゆったりとした音楽も、こうした場所できくと見事に自然とシンクロするのです。フィルムにやきつけるように、光景や肌で感じたものを音楽の中につめこみます。いわば、極上のサンセットシーンのインストールです。
時間があるので、しばらく崖に腰掛けて眺めていようとしましたが、突然誰かが押すかもしれないという恐怖に襲われて座っていられません。それですこし内側にはいったところに座ろうとすると、意外なものが目に飛び込んできました。
「こんなところにも?」
それは羊たちのフンでした。羊たちがこんなところにまで来ていたことを証明するかのように、フンが散らばっていました。もしやと思い周辺を見渡すと、とおくで羊たちが草を食んでいます。本当にアイスランドは羊の国です。羊の国に人間が住まわせてもらっているようです。
日が沈むまで眺めていたい気分もあったものの、ほんとにそんなことしたら真っ暗な道を確実に泣きながら帰ることになるので、その前に出発することにしました。
「どうだった?」
「いやぁ、すごかった...」
「すごかったって、どう?」
「とにかく、地の果てって感じ?」
それは確かに、言葉にならない、感じるものかもしれません。あえていうなら、人間の支配できる世界とできない世界の境界線のようなもの。地の果てをあとにした車は、ホテルを目指しました。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年10月05日 09:00