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2008年09月28日

第330回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第三話 ディニャンティ」

 「嘘でしょ?そんなことってある?」
 僕は車を脇にとめました。
 「ちょっと待ってよ、そんなわけないよね?」
 しかし、何度やってもうまくいきません。
 「ねぇ、冗談でしょ、冗談だよね?」
 それは悲しい現実でした。カーステレオが、昨晩パソコンで焼き直したCDRをまったく受けつけないのです。挿入口はあるのに、鉄のシャッターみたいのが閉まっていて、いくらやってもCDRがはいらないのです。
 「もしかして、壊れてる?」
 音楽を聴きながらアイスランドをドライブする、これが今回の旅行のメインディッシュのひとつです。なのにCDが聴けないとなると、旅の目的がほとんど果たせなくなってしまうのです。
 「車を変えてもらおう」
 すぐにUターンをして再び空港に向かいました。ちゃんと説明しよう、どんなに嫌な顔をされても主張しよう、そう心に決めていた僕を待っていたのは、誰もいないカウンターでした。
 「そんなぁ...」
 あんなにまで連日練って作成したオリジナルコンピレーション。それを車に忘れたためCDRを探し求めたコペンハーゲン。その勢いでなくしてしまったマリメッコの財布。再び焼き直して新たな産声をあげたCDRを胴上げした昨夜。すべてがむなしく水の泡になろうとしていました。
 「もしかして、日本人だからなめられたのかも...」
 そういえば、フロントのナンバープレートもなぜかはずれていました。その大雑把な感じが余計に、日本からの旅人をネガティブにさせます。
 「ちょっと、どうなってんの?」
 「え?」
 「え?じゃないよ!CDがはいらないんだけど」
 「よくわからないよ、オーディオ関係は」
 「だって自分のことでしょ?」
 「そうだけど、メカには弱いんだよ」
 「ったく、なんでキミなんだよ!」
 「僕だって、好きで担当したわけじゃないよ」
 車内に気まずい空気が流れていました。今回の旅行はことあるごとに問題が発生します。ちゃんと無事に帰られるのだろうか、不運の連続にそんな不安を抱きながら、今日の目的地、ラートラビヤルグを目指しました。
 「ねぇ、あれ持ってないの?」
 「あれって?」
 「オーディオプレイヤー?」
 「持ってるけど」
 しかも、二つありました。
 「その中に、CDの曲は?」
 「とりこんであるよ」
 「じゃぁ、それで聴けば済むじゃない」
 仕方なしにオーディオプレイヤーを装着します。しかし、音は流れてくるものの、全身で感じることができません。それに、運転にまつわる音がきこえなくなるのも危険です。その結果、ヘッドホンをはめるというより、そっと耳にひっかけた状態で運転することになりました。
 「ここから5時間かぁ...」
 静かな湾を離れると、アイスランド特有の荒々しい山々が迫ってきます。森のような木々はなく、地球の地肌が見えるようです。しばらくすると前にトンネルが現れました。山があったらよけていくアイスランドにも、いくつかトンネルがあるのです。僕にとっては、アイスランドで初めてのトンネルでしたが、それは日本のとは違い、2車線でなく車一台だけが通れるくらいの細いトンネル。途中に、対向車が来た場合のふくらみがあります。それは、まるで山のなかに一本の糸を通すような、ほんと申しわけなさそうに穴が貫通しているだけのものでした。
 トンネルを抜けるとアスファルトは消え、音楽の低音部に砂利道を通る音が加わりました。それにしても、行けども行けどもダイナミックな山々が次々と迫り、カーブのたびにヘッドホンが耳からこぼれおちます。砂利道のせいか、北部よりもどこか荒々しさが3割増しのような気もします。若干音圧は低いものの、ヘッドホンから聴こえてくるオリジナルコンピレーションのサウンドは、どこか幻想的で荒涼とした北西部の景観とうまくシンクロしていました。
 空に雲は少なく、雨が降り出す心配もなさそうです。助手席にスタンバイしている地図に頼ることなく、予想以上に車はスムーズに山々を抜けていきました。それにしても空港を離れてからほとんど車も人も見かけません。アイスランド北西部にはほかに人がいないのではないか、そんな気さえするほど車とすれ違いません。すると、向こうに小さな集落が見えてきました。
 「こんなところに住んでいるのか」
 アイスランドには鉄道がありません。駅こそないものの、船が出入りできる湾の近くには小さな町があります。かわいらしい赤い屋根をした家々は、大自然のなかに住まわせてもらっているようです。ときおり現れるこののどかな町の光景が、砂漠のオアシスに出会ったような、ほっとした安心感を与えてくれるのです。
 「もしかして、あれか...?」
 ヘッドホンのバンジージャンプがちょうど10回目に達した頃、遠くの山に白いものが見えてきました。地図からすると、そろそろでてきてもおかしくありません。くねくねとしたカーブを曲がる度にそれは大きくなり、僕の予感は確信に変わっていきました。
 「やっぱりそうだ」
 それはディニャンティとよばれる、映画「春にして君を想う」の中で象徴的に登場する滝です。本来ならば昨年見ているはずでしたが。滝といってもいわゆる滝とは違い、山の上から三角状の末広がりに水が流れ落ちるのです。それも、勢いよく落下するのではなく、岩山をなぞるように。
 「こんなにおっきいんだ」
 写真だととても穏やかにみえるのですが、実際のそれははるかに大きく、岩山をなぞっているとはいえ、その迫力に圧倒されます。相変わらず、滝の周囲に柵等はありません。自然をありのままにし、かつ人間の判断力が信用されています。三角形の滝の真下にくると迫力はさらに増し、音とともに心地いい水しぶきが全身を覆います。デジカメもシャッターを押したらすぐにしまわないとびしょぬれです。しかしながら、こうして滝の近くに立っていると、なんだか自然からのパワーをもらうような気分になります。自然と接することで人間はエネルギーを補給できるのでしょう。ひとつ、明確な目的を達成できた満足感と、シャワーを浴びたような爽快感が、僕の体に溜まっていた疲れを一気に洗い流してくれました。
 「結構早くつきそうだな」
 2時間たたないうちに、もう半分くらいまで来ている気がしました。おそらくインフォメーションセンターの人は、日本人の旅人だから大目に伝えたのだろう。アイスランドでの運転は今回で2度目ということが、僕の脳の回路をプラス思考にさせました。
 「なんだか、すごいところに来ちゃったな」
 いつのまにか、空が近くにありました。たいてい遠くに見えているダイナミックな山は、いずれ周りをなぞることになり、空に続く道を走っているような感覚になります。反射板こそあるものの、ガードレールがないので、ぼーっとしてたらそのまま崖から落っこちます。ただ、そんな険しい道でも、どんなに人や車をみかけなくても、僕は孤独ではありません。なぜなら、そんなところにも、たくさんの羊たちがいるからです。のんきに草を食んでいる羊たちをみると、恐怖心もなくなり、心が和むのです。
 「おーい!」
 本当は車から降りたいのだけど、それをやっているとなかなか進まないので彼らを見かけては、窓を開けて声をかけるのです。それが、僕流のアイスランドドライブのスタイルです。車の音には反応しない彼らも人間の声には反応し、「ん?なんだ?」とこちらを向きます。その姿がなんとも愛くるしいのです。もはや、彼らに会うことも今回の目的のひとつで、おそらく彼らがいなかったら、アイスランドに対する印象もぜんぜん違うものになったでしょう。2年連続もなかったかもしれません。時折現れる羊たちの草を食む姿は、僕にとって心の給水所のようでした。
 「海だ...」
 やがて、前方に海が見えてきました。そこには、それまでの荒々しい姿とはうってかわって、穏やかできれいな砂浜がひろがっています。なんだか別の国に来たような、それこそ別の星に降り立ったような感覚。アイスランドは、ちょっと走っただけで世界が一変することがよくあるのです。
 「ほんと、晴れてよかった」
 おそらく、曇りや雨でもそれなりの雰囲気はあるのだろうけど、精神衛生上、晴れているほうが望ましいもの。それに、訳あってラートラビヤルグでは特に晴れていて欲しかったのです。連日、ネットで天気予報と向き合っていた想いが通じたのかもしれません。
 「おーい!」
 ぶつ切りの雲の影が、アイスランドの大地をゆっくりと移動しています。ひたすら草を食んでいる羊たちが、通り過ぎる銀色の鉄の塊を見つめていました。

1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年09月28日 09:28