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2008年09月21日

第329回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第二話 リベンジ」

 昨年訪れて以来そのことを考えなかった日はなかったといっても過言ではありません。僕自身、まさかこんなにも恋焦がれるとは思っておらず、ましてや2年連続で訪れるなんて、少なくとも20代のときには夢にも思いませんでした。それほどまでに僕の心を占領しているアイスランドとの、まるで織姫と彦星のような一年ぶりの再会まで、あと数時間となりました。あなたはどんな表情を見せてくれるのだろうか。僕の胸は激しく高鳴り、まぶたは一気に重たくなってきました。というのも、出発の日に到着といっても現地時刻の23時40分。時差は9時間なので、東京では翌朝の9時くらいです。しかも、まさかのハプニングが2件もあったので、完全に疲労困憊。目覚めると機体はすでにアイスランドの地に降り立っていました。
 「この感覚だ...」
 一年前と同様に日本円をアイスランドクローナに両替し、この国の玄関であるケプラヴィーク空港を出ました。ひんやりとした空気が顔を覆い、吐く息も白くなります。東京の残暑から秋を飛び越えて一気に冬になったような感覚は、身に覚えがありました。
 「たしかここから40分くらいだったかな」
 観光バスのような大きな車は12時半頃空港を出発し、うっすら現地のラジオがきこえる中、ホテルに着いたのは深夜一時すぎ。今回は前回と違うホテルで、町の中心にあり、その時間でも前の広場には若者たちの声で賑わっていました。いわゆるアイスランドの渋谷といったところでしょうか。ベッドに倒れこむ前に僕は、思い出したようにケータイの電源をいれました。暗い部屋の中で、ケータイの光が僕の顔を照らします。
 「きっとはいらないでしょ」
 僕は目を丸くしました。圏外と表示されるどころか、アンテナが3本しっかりと立っています。昨年はうんともすんとも、微動だにしなかった僕のケータイが、アイスランドに来たことを認識していました。この一年の?間に使用できるようになっていたのです。なんとも、田舎道が舗装されたような、どこか複雑な心境になります。
 「教会へは、どっちに行けばいいですか?」
 あんなに疲れていたわりに、時差ぼけなのか、数時間後に目覚めてしまった僕は、さっそくレイキャヴィクのシンボルである、ハトルグリムスキルキャ教会を見にいくことにしました。朝5時でもすでに明るく、心地よい日差しが朝もやに包まれた街を照らしています。どの国にいっても、異国の地の朝はどこか幻想的で、旅の喜びを感じさせてくれるのです。
 まだどこも開いてない静かな街を散歩していると、日曜日の朝ということもあり、ときおり夜遊び帰りの若者たちとすれ違います。やはりアジア人は少ないのか、珍しそうにチラチラ見てきます。
 「あれだ...」
 ホテルから歩いて10分もたたないうちに、朝日に照らされた教会が、坂の上に黒く浮き上がって見えてきました。
 「あんなカタチだったっけ?」
 しかし、どうも様子がおかしく、昨年見た輪郭と違う気がします。影になっていた教会が次第にはっきりと見えてくると、その違和感の原因がわかりました。
 「これは...」
 それは、まさかの改装工事でした。本来はスペースシャトルのように白くきれいな曲線を描いている教会が、すっかり角張ったベニヤ板で覆われています。コペンハーゲン空港といい、教会といい、ベニヤ板の呪いのような、まさかの改装中2連発。青空の下のベニヤ板や、エリクソン像越しのベニヤ板、そして自分と共に映るベニヤ板をカメラに収めると、すっかり冷たくなった両手を上着のポケットに入れながら坂道を降りていきました。
 「国内線の空港までお願いします」
 例によって一日分のエネルギーであるホテルの朝食をたっぷりとった僕は、ホテルをチェックアウトすると、空港に向かいました。タクシーで5分くらいなのですが、車内の僕はすこし緊張しています。というのも、昨年その場所でとても痛い目にあったからです。
 「え?3時間後?」
 係りの人の言葉に、耳を疑いました。
 「はい、3時間後のウェザーチェックで判断します」
 「3時間待っても飛ばないっていうこともあるんですよね?」
 「それは天候次第なのでなんとも...」
 案内板を見ると、ほかのエリアはみな順調に発着しているのに、なぜか僕の目的地であるイーサフィヨルズルだけが悪天候のため飛んでいません。
 「次のウェザーチェックは15時になります」
 3時間待ってもなお、事態は好転しませんでした。アイスランドでは、日本以上に天候に左右され、予定通りに発着しないどころか、ウェザーチェックを繰り返したものの結局一日飛ばないケースも少なくないのです。これも旅の醍醐味とはいえ、限られた時間の中でさすがに6時間の足止めを食らうのは精神衛生上よくないため、急遽、翌日行く予定だった場所に変更したのです。
 「どうか飛びますように...」
 だから今日は昨年のリベンジだったのです。それだけ僕にとってはこの日の天気がとても重要で、1週間ほど前からネットで毎日、いや、数時間毎に天気を調べていました。
 「これなら大丈夫だろう...」
 クリアな青空は僕を少し安心させました。あとは目的地の天候です。ここが晴れているからといって、必ずしも飛べると決まったわけではありません。最後まで油断できない状況です。
 タクシーは、見覚えのある建物の前に停まりました。国内線の空港はあいかわらずとてもこじんまりしています。一年ぶりの旅は行く先々に懐かしさがあり、昨年とは違った楽しみがでてきます。この「懐かしい」という感覚は、生き続けている人に与えられた、時間からのご褒美かもしれません。
 「はい、飛びますよ」
 どこか見覚えのある係の人の言葉は僕の不安を解消してくれました。しかし、これですべての不安が払拭されたわけではありません。実はもうひとつの心配事があったのです。
 「もしかして、あれ...」
 それは今回乗る飛行機でした。国内線はおもにふたつのタイプの飛行機があり、ひとつはF50でもうひとつはDH8と呼ばれています。前回はF50に乗ったのですが、今回はDH8。一体、この「8」がなにを意味するのかわからないものの、たしか前回はちょうど50人くらいだったような気もします。8人乗りとなるともはや、紅の豚に出てくるセスナ機みたいなのが頭に浮かんでしまうのです。
 「まさか、そんな少人数じゃないよね?」
 搭乗ゲートを抜けると、向こうにそれらしき飛行機がとまっています。どうやら8人乗りではないものの、やはり前回よりは大幅に小規模になっています。
 「あれ、日本人?珍しいね」
 「っていうかきみ、だいじょうぶ?」
 「なにが?」
 「なにがって、ちゃんと飛べるの?」
 「あたりまえでしょ」
 「たしか、きみのお兄さんはすごく揺れたけど」
 「あの時は、風が強かったから仕方ないんだって」
 おそらく30人くらい乗ったでしょうか。あっというまに離陸すると、たしかに音は臨場感あるものの、それほど揺れもせず、とても安定した飛行が続きました。
 「ね、問題なかったでしょ」
 ほんの40分ほどのフライトでした。
 「うん、快適だったよ」
 結局8が何を意味するのかわからなかったものの、とりあえず不安材料がなくなり、すっかり肩の荷がおりました。
 「ここがイーサフィヨルズルか...」
 そして僕は、念願のイーサフィヨルズルの地に降り立つことができました。昨年のリベンジを果たした僕の前には、フィヨルドの静かな湾が広がっています。ここで車を借りて、今回の旅の目的地のひとつ、ラートラビヤルグに向かうのです。
 「電話で予約したんですけど」
 空港にあるレンタカーのカウンターに、一人の若い女性が日本からの旅人を待っていました。
 「車は出たところに停まってるわ」
 僕の手書きのアルファベットが間違って解読されたためにRYO FUKAWEと記された契約書と、キーを渡されると、スーツケースを引いて外に出ました。
 「ようこそ、イーサフィヨルズルへ!」
 今回の旅のパートナーはトヨタのラヴ4です。昨年もトヨタの恩恵を受けたものの、今年はオフロードでもいけるタイプにしました。というのも、この地ではノンアスファルトロードが多く、通常のセダンタイプでは厳しいのです。
 「よろしく、世界のトヨタ!世界のラヴ4!」
 (この擬人化はいつまで続くかわかりません。)そして、インフォメーションセンターでもらったアイスランド北西部の地図を助手席に置くと、銀色の車は水辺の道を走りはじめました。
 「え?嘘でしょ...」
 意気揚々とハンドルを握る僕を待っていたのは、またしても厳しい現実でした。

1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年09月21日 09:13