« 第327回「シリーズ人生に必要な力その11レジ力」 | TOP | 第329回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第二話 リベンジ」 »

2008年09月14日

第328回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第一話 ワスレモノ」

 「もしかして...忘れた?」
 まさかと思っていた僕もようやく、重大な忘れ物をしてしまったことをじわじわ実感しはじめました。こういうときの感覚は幸か不幸か、たいてい正しかったりします。
 「いや、そんなわけない!あんだけチェックしたのだから...」
 しかしどの鞄の開けても、どのファスナーを開けてもその姿はなく、忘れた党の議席数はみるみるうちに過半数を超え、一大政党になろうとしていました。
 「ない!ない!どこにもない!!」
 それは、パスポートでも国際免許証でもありません。一枚のCDでした。
 「あんなに時間かけたのに...」
 ひとえにCDといっても、そのCDはそんじょそこらのCDではありません。今回のアイスランド一人旅で車の中で聴く用に作成したもので、これまでの音楽活動、それで培われた音楽センス、僕の音楽人生すべてを捧げて作り上げた、世界にひとつしかない、唯一無二のCDなのです。
 「うん、我ながら素晴らしいコンピレーションだ」
 データのチェックをかねて、成田に向かう車内で聴いていたことを思い出しました。
 「まさか、入れっぱなし...」
 散々時間と労力をかけて作成した今回の旅のCDを車のデッキにいれたまま、出国してしまったのです。家を出るときにはチェックを怠らなかったのに、車を出るときになにもしなかったのが敗因です。
 「いや、まだ負けと決まったわけじゃない!CDRを買えばいいんだ!」
 直前まで悩んだ挙句、結局持っていくことに決めたノートパソコンが、僕の水色のリュックにはいっていました。だから、空のCDRさえ手にはいれば、もう一度パソコンで焼きなおして解決なのです。ほんとに便利な時代です。とはいえ、もう出国手続きのあと。店舗もそう多くはありません。いろいろまわったものの、近いものでデジカメ関連のDVDはあっても僕の求めるCDRまでは売ってなく、雲行きがあやしくなってきました。
 「コペンハーゲンには売ってるか」
 もう成田には期待できません。アイスランドは微妙でも、今回トランジット(乗り換えの意味だが、この言葉を使いたいため、あえて使用)のコペンハーゲン(デンマーク)では6時間もの時間があり、もともと軽く街を散策する予定だったので、そこに行けばあるだろうと、大事なアルバム作成に費やした労力が無駄にならずに済むことに、ほっと胸をなでおろしました。
 不安を振り払うように飛行機が離陸するなり、僕はフィンランドのときに購入した北欧のガイドブックを開きました。そこにはデンマークのガイドも載っていたので一応持ってきていたのです。
 「うん、あるある。パソコンの店も、CD屋さんも...」
 どうやら中心街にいけば事足りるようでした。しかし、現実は厳しいものです。
 「え?17時?」
 僕は、目を疑いました。ガイドブックによると、到着する土曜日はどこも閉店時間が早く、夕方には閉まってしまうとのことでした。到着が16時過ぎ。入国手続きとかいろいろあって、しかも日本ならまだしも、異国の地で思うように急ぐことができるだろうか。
 「土曜日は、早くしまっちゃうんですか?」
 僕は、そんなことないですよ、という言葉が欲しくて、客室乗務員にたずねました。
 「そうですね、土曜日なんで、早いです」
 「でも、全部ってわけではないですよね?」
 「いや、ほとんどのお店が...あ、でも...」
 すっかり追い討ちをかけてきた彼女の口から、僕を安心させる言葉が出てきました。
 「空港の中だったらあると思いますよ」
 「ほんとですか?でも、どっちにしても、17時ですよね?」
 「いや、空港はわりと遅くまでやっています」
 その言葉を信じたものの、僕は10時間半もの間、食事のときも音楽を聞いているときも、夢の中でさえも、ずっとCDRのことを考えていました。どうしても、あの雄大な景色を眺めながら、極上のチルアウトサウンドを聴きたかったのです。
 「ここがコペンハーゲンか...さすが北欧だ!」
 そんな感想を述べる余裕もないまま到着ゲートを抜けると、目の前に現れた光景に、僕は言葉を失いました。
 「なにこれ、...」
 便利さ、オシャレさ、静かさで定評のあるコペンハーゲン空港が、ベニヤ板で覆われていました。改装中のため、どのお店もみな閉まっていたのです。
 「こんなことって...」
 これでは探しようがありません。時計をみると16時30分。空港から中心街までは近いものの、間に合う自信もありません。
 「空港の中にCDRを買える場所はありますか?」
 返ってきたインフォメーションのおばちゃんの言葉が、僕を中心街へ向かわせました。
 「中央駅まで、一枚!」
 切符を購入し、勘を頼りにホームに下りると、見たことのない電車がはいってきました。顔の部分にタイヤをつけたような不思議なカタチをした列車は15分ほどで中央駅に到着し、からっと晴れた青い空に、玉のようなオレンジ色の小さなスーツケースの車輪の音が鳴り響きます。
 デンマークでは自転車に乗る人が多く、専用レーンもしっかりと整備されています。中世の建物や像が目に入ってくるものの、町並みを堪能している場合ではありません。人魚姫もアンデルセンの像も、のんびり観光するのはすべて後回しになりました。
 「まずい、早く見つけないと...」
 客室乗務員のいうとおり、店舗のシャッターが徐々に閉められていきます。
 刻一刻と閉店時間が迫っていくなか、観光客でごった返す中心街を、オレンジ色のカートが駆け抜けていきました。スーツケース転がし専用レーンも検討して欲しいものです。
 「あ...」
 現実は甘くはありませんでした。心の中で、17時きっかりには閉めないでしょ、という考えは通用しませんでした。お目当てのお店のシャッターは閉まり、中はもう薄暗くなっています。
 「まだあきらめない!」
 コンビニや小さなCDショップ、お店というお店を巡り、初めて降り立ったコペンハーゲンの地で僕は、人魚姫よりもアンデルセンよりも、一枚のCDRを捜し求めていました。東京ならコンビニで簡単に購入できるCDRを。ちなみに、コペンハーゲンでもセブンイレブンは多く見られましたが、日本での品揃えとは当然違い、何度も聞き返されました。
 「少し休もう...」
 すっかり歩き疲れたので、とりあえず飲み物を買おうとしました。
 「あれ、おかしいな...」
 また別の事件が起きようとしていました。
 「いや、そんなわけ...」
 しかし、どの鞄を開けても、どのファスナーを開けてもその姿はなく、忘れた党の議席数はみるみるうちに過半数を超え、一大政党になろうとしていました。さっきが衆議院なら今度は参議院です。いや、重要度でいうと逆かもしれません。地面に降ろされたリュックの周りに、次々と中身が並びはじめました。
 「こんなことって...」
 泣きっ面に蜂とはこのことでしょうか。CDRが見つからなくて泣きそうになっているうちに、財布をなくしてしまったのです。財布といってもそんじょそこらの財布ではありません。フィンランドのお土産にマリメッコで購入した思い出の財布なのです。切符を購入する際にはあったのだから、しまい忘れたのか、散策しているうちに落としたのか、もしかしたらスリによるものかもしれません。ただ、頻発する自らのミスに、もはや記憶を辿る気力も失っていました。
 「もう、最悪だ...」
 口にしてはいけないと思っていたものの、心の中で何度もリフレインしています。もはや、人魚姫もアンデルセンもどうでもよくなっていました。そして僕は、はるか北欧の街、コペンハーゲンで途方に暮れていました。もはやこれに関しては、名人の域に達しています。ただ、中に現金をいれていなかったこと、切符を購入したときのカードを奇跡的に別のポケットにいれておいたことが、せめてもの救いでした。カードが一枚もなかったら、今回の一人旅はトランジットで終了していたかもしれません。
 「カードを紛失してしまったんですけど...」
 今回の最初の国際電話が紛失届けになるなんて。
 「多分、置き忘れか、落としたんだと思います...」
 スリよりは、自分のミスにしたい、そんな気持ちだけはかろうじて残っていました。ほかのクレジットカード会社にも紛失届けの連絡をしたときのなんともいえない気持ち。免許証の再発行手続きをしに二俣川までいくこと。そしてそれに必要な書類を調べたりする時間。そんなことをイメージするだけで、吐きそうな気分でした。
 「もう、最悪だ...」
 その言葉がついに、コペンハーゲンの街に響きました。浮ついた旅行気分を引き締めるものだとしても、この畳み掛けはキツイです。
 結局一枚もシャッターを切らずに街をあとにし駅に戻ると、構内にカメラ屋さんがありました。どうせないだろうとダメもとではいるや、目に飛び込んできたのは「CDR」の3文字でした。
 「うそでしょ...」
 最初にここに立ち寄っていればすぐに見つかり、ヘトヘトにもならず、財布もなくさずに済んだかもしれない。そんな後悔の念を振り払おうと、少なくとも最初に発生した問題を解決できただけでもよかったじゃないかと、何度も言い聞かせました。
 空港に戻った僕は、出発まで時間があったので、外のカフェテラスで休むことにしました。初めて訪れたデンマークの首都コペンハーゲンは、すっかり「財布をなくした場所」と、若干評判の悪いレッテルが貼られてしまいました。時計を見ると19時。それでも相変わらず昼間のような晴天が広がっています。ペプシの紙コップから流れてくる冷たい炭酸が、僕の体内のもやもやしたものを、洗面所のパイプをお掃除するように、シュワーっと洗い流していきました。

1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS |2008年09月14日 09:45

コメント

コメントしてください

名前・メールアドレス・コメントの入力は必須です。




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)