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2008年07月13日

第323回「シリーズ人生に必要な力その8考えない力」

 「人間は考える葦である」とは、パスカルの言葉だったでしょうか。人間は自然界の中では弱いものだけど、考えることによって宇宙をこえることができる、という意味です。たしかに考えることは素晴らしいです。いくらコンピュータが進化したって、人間の思考力には到底及びません。これまでの文明も、この能力があったからこそ発展してきたといえます。もしも人間に「考える」という能力がなかったら、いまこうしてパソコンをうつどころか、存在することさえなかったかもしれません。人々は、考えることによって失敗をなくし、考えることによってここまで生きてこられたのです。世の中は、考える人たちによって、考えながら形成されたのです。
 しかし、だからといって、どんなときでも考えればいいのかというと、必ずしもそうではないのかもしれません。過去の天気図と比べて割り出された天気予報が外れることが少なくないように、考えて導き出された答えが必ずしも正解にならない場合もあります。
 たとえば、一目惚れで結婚した人が離婚する確率は、一目惚れでなく結婚した人たちのそれよりも低いというデータがあるそうです。私の結婚相手は誰がいいかしらと、何度もお見合い写真やプロフィールを眺めては年収や外見、仕事内容などを考慮して相手を決めるよりも、無意識に決まった一目惚れの方が、正しい結果を生むことが多い、ということです。現実は、頭で考えた通りにはならないのです。だから人間は、理屈じゃないけどこうだと思う、そんな気がする、という動物的直感もときには必要ということです。
 また、考えることで活動を制限してしまうこともあります。いろいろな「もしも」を考えてしまい、旅行のときは常に鞄がパンパンになってしまったり、有給をとるとヒンシュクをかってしまうかもと、旅行にすら行かなかったり。一方、なにも考えず、「向こうでどうにかなるさ」と手ぶらでいけてしまうタイプもいます。どちらがいいとはいえませんが、えてして過剰な心配は単なる取り越し苦労になることが多く、後者のタイプが取り返しつかなくなることはないのです。結局のところ、「考えること」も力だけど、「考えないこと」も力ということなのです。
 トップアスリートたちの脳波を調べると、ホームランを打つ瞬間やゴルフクラブをスイングするときは、無の状態になっているそうです。無意識なのです。散々考えて練習をこなした結果、最良の状態は「無」にあり、そのとき最大の力を発揮するのです。人間にとって無意識状態がどれだけすごいか、そして無になることがいかに難しいかということになります。無意識は無敵なのです。
 トップアスリートでなくとも、僕たちの生活の中でも「無」になる状態はあります。時間を忘れて夢中になっているときもそのひとつかもしれません。ものすごく集中力を発揮しているときこそ、考える世界を突き破り、考えない世界、「無」の境地にいるのかもしれません。
 考えない力、それは無になる力かもしれません。でも、自分で自由に「無」をコントロールすることはなかなか難しいです。目を瞑って無になりましょう、といってもそうそう簡単に無の世界には到達できません。そもそも無を意識した時点で無ではなくなってしまいますから。たとえば夢というのは、無の世界かもしれません。自分でも気付かなかった潜在意識が夢というスクリーンで上映されるのです。それは、無がいかに真実であり、考えることがいかにそれを見えにくくしているかということなのです。無になることで、心で感じているものがくっきりと浮き上がってくるのです。脳が発達しすぎると、心の感度が弱ってしまうのかもしれません。
 人間は考える生き物です。考える力は人間に与えられた素晴らしい力です。しかし、考えてきた結果、すべてがうまくいっているわけではありません。考えることが邪魔をして、本当に大切なことを見失ってしまうこともあります。現実はいつも、考えることを超えてやってくるのだから、脳でうだうだ考えてないで、動物的に、本能的に感じたものを信じることも大切なのです。「考える力」が必要なのと同じくらい、人生には、「考えない力」が必要なのです。

P.S.:
7月15日「ジャパニーズ・スタンダード〜試験にでない大切なこと〜」が出版されることになりました。それにともなって、20日15時〜吉祥寺ブックス・ルーエにてサイン会を行います。ご都合の良い方はぜひ遊びに来てください。

1.週刊ふかわ |2008年07月13日 08:58