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2008年07月06日

第322回「シリーズ人生に必要な力その7降りる人推察力」

 もうお気付きかもしれませんが、人は立っているよりも座っているほうがラクです。体の構造からしても、お尻に肉があるのは座り心地をよくするためで、生まれながらにしてマイ座布団を持っているようなものでしょう。個人的なことをいうと、僕は血行があまりよくないためか、立っているとすぐ下半身に血が溜まり、足がむくんでいてもたってもいられなくなります。だから、いつも僕は座れる場所を探しているのです。(座ったところで解決するわけではないのですが。)程度の差はあれ、足がむくんだり張ってしまうことで頭を悩ませている人は少なくないと思いますが、そんな人は特に、この「降りる人推察力」が必要と言えるでしょう。
 たとえば通勤や通学で毎日1時間以上電車に乗る、なんてことは珍しくないと思います。いまでこそあまり電車に乗らなくなったものの、僕も学生時代は往復2時間弱ものあいだ電車に揺られていました。いま思うとよくあんなことを毎日こなしていたなと、10代だった自分自身に感心してしまいますが、そんな長い時間も決して無駄ではありませんでした。音楽を聴いたり本を読んだり、好きな人を思い浮かべたり、電車の中で人は、それぞれに独創的で有意義な時間を過ごすわけです。いまではそれが、ケータイやゲームに時間を奪われているようで少し悲しい気もしますが、いずれにしても、この有意義な時間を立って過ごすか座って過ごすかで、疲労の蓄積度合いは大きく変わってきます。
 居眠りをするにしたって、眠りに就く時のあの電車の揺れほど心地よいものはありません。小説だって、立っていると腕が疲れてしまいます。車内の広告も、座って見回していれば、まるで美術館にいるかのような優雅な時を送ることができるでしょう。立っていたら立っていたで、座っている人には見えない景色もありますが、毎日見ている景色では、その鮮度をキープするのは難しいもの。座っていることで、電車に乗っている時間がとても有意義になるのです。
 始発の駅から乗ればまだ可能性は高いですが、途中の駅、すでに混雑している車両が目の前を通過していくと「また今日も立ちっぱなしか」と諦め顔で車内に足を踏み入れると思います。特に帰りのラッシュ時、立って揺れに耐えることは、仕事で疲れた体に重くのしかかってくることでしょう。それで結局、せめてもたれかかろうと、戸袋付近を選んでしまうのです。しかし、ここで諦めてはいけないのです。乗ったときに席が空いてなくたって、座れる可能性はゼロではないのです。この「降りる人推察力」さえあれば、あのふかふかのシートも自分のものになるのです。
 それはつまり、「降りる人を予測する力」です。電車でいうと、ベッチン?のシートに座っている人の中で一番先に降りる人を当てる力です。たとえばいま、あなたが渋谷から電車に乗ろうとします。案の定、すでにシートはすべて埋まり、満席状態です。このときあなたはどの位置に立つでしょうか。うまく降りる人を見出すことができれば、途中で座ることができます。東横線で言う、渋谷から乗り、学芸大学あたりで座れるかどうか、これは横浜まで立ってなきゃならないあなたにとっては、とても重要な課題なのです。
 では、会社員からOLさん、学生、様々な人種から、先に降りる人をどうやって見分けるのか。いまさらですが、厳密に言うと、降りる人を予測するのではないのです。むしろ、降りない人を推察することが大事なのです。それが結果的に、降りる人を導き出すことになるのです。
 もしあなたがシートの端、肘掛けのついてる席に座っている人の前に立っていたなら、残念ながら横浜まで立ち続けることになるでしょう。そればかりか、そんなことをしていては一生電車のシートの感触を味わうこともないかもしれません。なぜならそこは最も座ることに執着した人が座る場所だからです。降りる人推察学会の調査によると、もし自由に選べるとしたらどこに座るか調べにおいて、一番人気が高いのはシートの一番端、つまり肘掛けがあるところ(通称バー)なのです。ここが最も車内で競争率が高い位置なわけで、激戦を勝ち抜いた、もっとも気合の入った人が座っている席なのです。なので、肘掛けのある席の前でじっと待ち構えていても、降りろ降りろと念じていても、その人はきっと終点まで腰を上げることはないのです。
 では、中央に座る人の前に立つのがいいのか、ということですが、学会の調査では、中央はバーの次に競争率が高い場所と言われています。人は、わざわざ空間を詰めて座りません。端が埋まったら次は真ん中が埋まるものです。なので、端と真ん中の間に座っている人たちのほうが気合が弱い、つまり途中で降りる確率が高いということになるのです。
 さぁ、これだけでもかなり選択肢は少なくなりました。残された席の中で、降りなさそうな人を見つければ、自然と正解は浮き上がってくるはずです。では、どこにそのヒントがあるのでしょう。それは、その人が持つアイテムに隠されています。これから一般的な降りない人を、アイテム別に順に並べますので、参考にしてもらえればと思います。
 まず、文庫本などの小説を読んでいる人。この手のタイプの人は、電車に乗っている時間を有意義に使おうという気持ちが強く、雑誌などにくらべ、降りない確率は非常に高いといえます。なので前の人が小説を読んでいたらいさぎよく場所を変えるのがいいでしょう。だからといって、ヤンジャンなどの週刊誌や新聞を読んでいる人でも油断してはいけません。基本的に雑誌を読む習慣は、車内での手持ち無沙汰からくることが多いことを考えれば、雑誌類を読む人の前は避けるのが妥当と思われます。
 続いて、音楽プレイヤーなどで音楽を聴いてる人たちです。この手の人たちは、たとえ短い時間でも音楽を聴いていようとするタイプですが、立っていたらすぐに降りるのですが、すでに座っていたらなかなか降りない場合が多いです。でも、雑誌系の人たちに比べると、期待してみる価値はあります。
 そして、ケータイでメールを作成している人。このタイプはアイテム族の中では比較的期待値は高いです。というのも、毎日の通勤通学時間がもし長かったら、ほかの娯楽を取り入れたりするでしょう。なのに、メールを作成しているということは、長時間の移動でないことが想定できるのです。ただ、ケータイでゲームをやっている可能性もあるので、こっそりなにをしているかも確認しましょう。
 あとは、ノーアイテム族です。ここでは大きく二つに分かれます。一つはがっつり寝に入っている人。船をこいで時折よだれの確認をする人。目の前がこういう人であったら速やかに場所を変えましょう。もうひとつは、眠りもせず広告を眺めている人。時折目を瞑っては、またパッと見開いて周囲を見渡す人。この人はたまたま乗り合わせた人だったりすることが多いので、突然降りてぽっかり穴があく、「ラッキーポケット現象」が期待できます。その前触れとして、その人は駅に着くたびに「いまどこ?」とキョロキョロしたりするのです。
 もうひとつ忘れてはいけないのがミラクルシートの存在です。車内はたいていロングシートとショートシートの2バージョンあります。一般的に後者は車両の連結部分のそばにありますが、学会の間ではミラクルシートと呼ばれ、文字通り奇跡を呼ぶ場合があるのです。つまり、予期せぬ空席が起こりうる場所なのです。なので、諦めるて戸袋付近に行く前に、一か八かここを狙うというのもいいかもしれません。
 また、気をつけなくてはならないのが、マンガや雑誌を鞄のなかにしまったからといって、その人が次の駅で降りるとは限りません。マンガを終えて、がっつり寝にはいる、ということも多く報告されています。なので、そういった素振り、思わせぶりな人にはくれぐれも注意してください。
 総合すると、ロングシートの端と真ん中の間に座っている、雑誌も新聞もケータイも手にせずに、広告を見回していて、駅に着くといまどこかキョロキョロ見回している人、ということになります。さぁ、あなたの前の人はどうでしょうか。そうやって推察するあなたの目はもはや勝負師の目をしているでしょう。ふと窓ガラスに映った鋭い目にあなたは驚くかもしれません。あなたはもう、パチンコ台を選ぶギャンブラー、スコープを覗くスナイパーと同じ目をしているのです。
 この「降りる人推察力」を養えば、電車に限らず、どこにいてもすぐに降りる人を見つけることが可能になります。すっかり疲れたあなたの体も、シートがやさしく包み込んでくれるおかげで、エネルギーを充電することができるでしょう。だから人生には、降りる人を推察する力、この力が必要なのです。そしてもしも、人生という名の電車から降りようとしている人がいたら、こう声を掛けてあげてください。ここはまだ降りる駅ではないですよ、と。

P.S.:
7月20日15時〜吉祥寺ブックス・ルーエにて「ジャパニーズ・スタンダード〜試験にでない大切なこと〜」発売記念サイン会を行います。時間のある方はぜひ、この「降りる人推察力」を使って吉祥寺まで来てください。(発売は15日ですが、7月7日から整理券を配布します)

1.週刊ふかわ |2008年07月06日 09:37