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2008年05月11日

第315回「白い石の少年」

 ウィーンはハイリゲンシュタットという町に、「ベートーベンの小路」と呼ばれる道があります。頭の中が煮詰まると、その道を散歩してはメロディーを考えたそうで、かの有名な田園交響曲もそこから生まれました。
 僕の家の近所にも、自称「ふかわの小路」と呼ばれる緑道があります。頭の中が煮詰まったり、お腹が出てきたりすると、その道をジョギングしては、家でアイスを食べているそうで、かの有名な「週刊ふかわ」もそこから生まれました。
 たくさんの木々や草花が植えられた緑道が住宅街の合間を縫うようにのびている様子はまさしく緑の道という印象を受けますが、それこそ春になると一斉に桜が咲き、ブルーシートを広げた人たちを上から覆いかぶさるように桜の花でいっぱいになります。毎年、満開の翌日に吹く風が、普段は緑にあふれたこの道を、幻想的なピンク色の世界に変えるのです。
 その緑道を走っていると、いろんな人たちを見かけます。犬の散歩をしている人、ベンチでお弁当を食べている人、子供と遊んでいる人。もしもこの緑道が土地開発とかでなくなるようなことがあれば、確実に地域の反対運動により事業はストップすることでしょう。みんなにとってこの緑道は、とても大切な道なのです。
 「もう少しでピノが食べられる...」
 それは、ほんの一瞬の出来事でした。いつものように僕は緑道をジョギングしていると、前に学校帰りの小学生が数人歩いているのが見えました。ランドセルを背負った女の子二人組みと、少し離れたところに男の子がひとり。おそらく4年生くらいでしょうか。同じクラスなのかわかりませんが、少年はどこか話しかけたそうにも見えます。後ろの彼に気づいているのかいないのか、二人はおしゃべりをしながら歩いていると、少年はいきなり立ち止まり、彼女たちに向かって大きく声を掛けました。
 「ねぇねぇ、白い石あるよ!!いる?!」
 少年の嬉しそうな声が緑道を駆け抜けます。
 「いらなーい」
 間髪いれず、その言葉が返ってきました。振り返りもせず、まったくペースを落とさずに二人はそのまま歩いていきました。
 その後、少年がどうしたのかはわかりません。しかし、彼らが通り過ぎていったあとも、このほんの数秒間のやりとりが頭から離れなかったのです。
 「これがもしあの子のとこにいったら...」
 プレゼント交換を前に僕は、異様な興奮をしていました。自分が情熱をこめて作った作品を手にしたら、確実に僕を好きになるに違いない。そして音楽がはじまると、高島屋の紙袋に包まれた木製の戦闘機と空母が、僕の手から離れていきました。
 「ほかのとこにいくなよ...」
 自分のところに来るプレゼントを適当にあしらいながら、高島屋の紙袋の行方ばかり気にしていました。
 「はい、ストーップ」
 先生の合図に音楽がとまると、僕は目を丸くしました。まさに狙い通り、意中のあの子の膝の上に高島屋の袋があったのです。
 「きた!完全にきた!これであの子と両想いの日々が始まる!」
 僕は、自分の所にきたプレゼントを上の空で開封しながら、彼女のリアクションを楽しみに見ていました。なんせ紙袋の中には空母だけでなく小型の戦闘機が3機もはいっているのです。そして彼女が紙袋を開封しました。
 「やだぁ!なにこれー!」
 彼女の顔が完全にひいていました。眉間に皺が寄りまくっていました。彼女は汚いものを掴むように指先でつまむと、すぐに僕の戦闘機を袋の中に戻してしまいました。
 「空母もあるんだよ!見て!」
 僕がまだ小学校低学年の頃です。
 白い石を見つけた少年も、空母を作った少年も、このときは知らなかったのです。女子たちがそんなことに一切興味を持っていないことを。白い石なんかよりも、ダイヤモンドのように輝く石に惹かれることも、空母なんかよりも夜景の輝きを喜ぶことも知らないのです。もしかしたら「ほんと?どこにあるの?」と少年に駆け寄ってくる女子も中にはいるかもしれません。でも、ほとんどの女の子は白い石に心は動かないのです。キラキラと輝いているモノじゃないと振り向いてくれないのです。
 少年は白い石を追い求め、少女はそこに見向きもしない。この距離は一生縮むことはありません。男と女は決定的に違う生き物なのです。ただ、少女もいつしか気づくのでしょう。白い石を見つめる少年の目の輝きを。それがダイヤモンドよりも輝いていることを。男と女はそんな関係であってほしいです。

1.週刊ふかわ |2008年05月11日 09:36