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2008年04月20日
第313回「トビラノムコウ」
僕があの場所を好きな理由はいくつかあります。お酒がおいしかったり、店員さんが気さくだったり。こじんまりしたところもその理由のひとつかもしれません。でも、そんな中で一番は、扉です。あの無機質で重たい鉄の扉が、僕は好きなのです。
開けるときの重量感と、その扉から吸い出される音と空気。どこか異次元空間にはいりこむかのような感覚になります。もしもあれが軽い扉だったらそのようにはいきません。それこそ引き戸だったり襖や暖簾だったりしたら、僕はあの場所に何年も通うことはなかったでしょう。扉を開けるというなにげない動作の中で無意識に体全身で感じているあの重量感こそ、僕があの場所でDJを続けられた一番の理由なのです。
扉の向こうには、いろんな人がいます。毎月来てくれる人もいれば、ふらっと立ち寄った会社帰りの人。ときには外国人もいます。かつてタヒチ80がふらっと遊びにきたり、有名人の方が踊りまくっていることもありました。べろんべろんに酔っ払って床でぶっ倒れている人。トイレで眠ってしまう人。扉の向こうでいろんな人を見てきました。
でも、僕がいつも気にしていたのは、酔っ払ったり、楽しそうに踊っている人たちではありません。あの空間の片隅でひとり座っている人。光があたらない場所で、いるのかどうかさえわからないような人。決して楽しそうにしているわけではないものの、なんだかんだ終わりのほうまでいたりする。そんな人を、いつも気にしていました。
この人はどんな気分でここに来たのだろうか。なにか考え事を抱えてきているのか。嫌なことがあったのだろうか。なにかを決意してやってきたのだろうか。こんなうるさいところにひとりで来るのだからなにかあったのだろう。ひとりで大丈夫なのだろうか。そんなことを考えてしまうのです。だからといって、僕からは話しかけたりはしません。そっとしておくのです。もしかしたら一人になりたくて来ているのかもしれないし。
そうして今月、「ロケットマンデラックス」は8周年を迎えることになりました。こんなにも続けたのかと思うと自分でも感心してしまいますが、8年もクラブでイベントをやっておきながらいまだにビールも飲めずカシスオレンジというのも不思議な話です。時折、以前よく来ていたお客さんが何年かぶりに遊びにきたりすると、卒業生を迎える学校の先生のような気分にもなります。なにを学んだわけでも、なにを教えたわけでもないけれど、あのときあの場所で流れていた音楽を、僕たちはしっかりと覚えているのです。
扉の向こうにはいつもいろんな人がいます。それぞれの道を歩んでいる人たちが、それぞれの想いを抱えてやって来る。うまくいってる人、うまくいっていない人。いろんな人生が、あの扉の向こうで混ざり合うのです。鉄の扉は、そんな想いがこぼれおちないように、しっかりと支えてくれているのです。三宿WEBのスタッフ、そしてこれまで遊びに来てくれた人たちへの感謝の言葉にかえて。
1.週刊ふかわ |2008年04月20日 09:10