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2007年11月04日
第292回「地球は生きている8〜ノーザンライトな夜〜」
「まだ5時か...」
目を覚ますと、ちょうど夜が明けようとしていました。時差ボケもあって、いつもやたら早起きになってしまい、3時とか4時くらいに目を覚ましてしまいます。
「ちょっと散歩でもしてこよう」
ホテルの朝食は7時から。それまで待っているのもなんなので、僕はアークレイリの町をぶらぶらすることにしました。ホテルのすぐ横の階段をのぼると教会があり、そこから街並みを見渡すことができます。霧がかったフィヨルドの中には、飛行機雲のような細長い雲が、何百メートルにものびてゆっくりと移動していました。フィヨルドという地形ならではの雲なのでしょうか。しばらくすると、もやに包まれた夜明けのアークレイリに、ようやく太陽が山の向こうから顔をだしはじめました。
「帰りたくないな...」
その日は、レイキャヴィクに戻ることになっていました。アークレイリがあまりにきれいな街だったので、ほんの2日間しかいないのに、その地を離れることがとてもさみしくなります。僕は、目の前に広がる景色を目に焼き付けるように眺めていました。
朝食の時間にあわせホテルに戻ると、すでにたくさんの人たちがその場所に集まっていました。ホテルの朝食というのは旅行中の楽しみのひとつで、どんなに寝不足でも朝食だけは欠かせません。普段の生活では朝食なんて食べないし、食べてもヨーグルトひとつくらいなのに、旅先となるとまず抜くことはないのです。日本の旅館で味わう和朝食も好きですが、ホテルのビュッフェの、いろんなパンやハムとかソーセージとかフルーツとかジュースとか、普段思いっきり食べられないものが大量に並んでいるあの感じが好きなのです。子供の頃は、ハムとかサラミばかり食べることを禁じられていたので、その反動もあるのかもしれません。また、朝食をいっぱい食べておくと、なにより一日の原動力になるのです。でも、そんな楽しい朝食のときにも、ひとつ懸念していることがありました。
「またあの小さい飛行機に乗るのか...」
それだけが僕の不安でした。まるでセスナ機かと思わせるような小さい飛行機にさんざん揺さぶられた体の記憶がよみがえってきます。レイキャヴィクに戻るには、どうやってもあれに乗らなければならないのです。そう思うと気が重くなりました。
好きな街を離れる寂しさと、小さい飛行機に対する不安とが交錯するなか、荷物をまとめ、ホテルをチェックアウトしました。空港に到着し、手続きを済ませると、予想通りの小さい飛行機が待っていました。
「またキミか...」
「またとは失礼だな」
「今日は大丈夫なの?」
「全然平気だって。信用してよ!」
「そう言ってこの前めちゃめちゃ揺れてたけど」
「え、そうだったっけ?」
飛行機には結構なれたものの、どうしても小ぶりのはまだ駄目なようで、筋肉痛になるほど体中に力がはいってしまいます。でもその日は天候が穏やかだったこともあり、来るときはそれどころではなかった景色も少しは楽しめ、レイキャヴィクの街並みも、帰りはしっかりと見下ろすことができました。
「この前ほどは揺れなかったな...」
なぜだかレイキャヴィクに来ると雨が降るようで、その日も灰色の雲が空を覆っていました。空港からタクシーでバスターミナルに移動した僕は、そこからバスに乗り換えてある所に向かいます。というのも、アイスランドでの最終日を過ごそうと決めておいた場所があったのです。
「いよいよブルーラグーンだ」
それは、レイキャビクから1時間ほどのところにありました。いまやアイスランドの中で、もっとも有名な観光地といっても過言ではありません。アイスランドで一番有名で大きな温泉、そして世界最大の露天風呂、「ブルーラグーン」に向かっていたのです。これまでも散々温泉に入っていましたが、最終日も追い討ちをかけるように温泉にはいることにしていたわけです。国際空港から近いので、このブルーラグーンにたっぷりつかり、旅の疲れをとってから帰る人が多いそうで、僕もそれにならったわけです。
「ノーザンライトイン...」
翌早朝に出発を控えていた僕は、ブルーラグーンに隣接する、ノーザンライトインというホテルで最後の夜を過ごすことになっていました。ホテルといっても一階建てのかわいらしい建物で、従業員も仰々しくなく、ペンションか友達の家に招かれたような感覚になります。チェックインした僕は、すぐに荷物を置き、さっそく世界最大の露天風呂に向かいました。
「帰るときまた連絡ください」
ホテルの人がブルーラグーンまで送ってくれると、たぶんそんなようなことを言って去っていきました。ミーヴァトンネイチャーバスは、町営露天風呂といった感じでしたが、ブルーラグーンは、外観こそ自然に溶け込んでいるものの、中はとても近代的で、おしゃれなスポーツジムのようにシャワーだの更衣室だのが備わっていました。ちなみにアイスランドの温泉は水着着用なのですが、入る前に体全身を洗ってからじゃないといけません。かけ湯程度では駄目なのです。
「真っ青だ...」
扉を開けると、青い世界が待っていました。曇った空を忘れさせるほど、青空のような温泉に白い煙がたちこめています。ミーヴァトンのそれに比べるとお湯の温度は低いのですが、その分何時間でもはいってられそうでした。
「さっそくやってみるか」
ブルーラグーンを訪れたら必ずやることがあります。それがここの名物、かつシンボルにもなっているのですが、いわば泥(マッド)のパックです。泥といっても茶色とかではなく、見た目は白くて洗顔料のようです。それを男女問わず、顔に塗るのです。だから、温泉に入っている人たちはみな、真っ白な顔をしているのです。
青い温泉には、たくさんの人たちがいました。カップルや夫婦、友達同士や家族連れ、当然、僕のようにひとりではいっている人もいます。アイスランドの人だけではなく、ヨーロッパはもちろん、アメリカ、中東、アジア、つまり世界中の人々がひとつの温泉にはいっていました。僕も数々の温泉にはいってきましたが、外国の人たちに囲まれてはいったことはありません。でもそこに違和感はなく、むしろ理想郷にいるような感覚になりました。日本も同じ温泉国なのだから、そういった世界中の人たちが集まる温泉ができたらいいのにと思います。それこそ、温泉サミットとかやったらいいのです。温泉サミットをして、日本の温泉、日本の情緒、そして日本人の奥ゆかしさを世界にアピールできたらどんなに素晴らしいことでしょう。きっと世界中の人たちが集まってくるはずです。
「どこからきたの?」
「日本です。どちらですか?」
「オーストラリアだよ」
「そうですか。遠くから来たんですね」
温泉にはいっている人たちはみな、幸せそうな顔をしています。地球が用意してくれた温泉で、世界中の人々が笑顔になっているのです。いったい、誰が戦争を望んでいるのでしょう。
ノーザンライトの夜は静かに訪れました。あと2週間ほどずらせばここからでもオーロラが見えるのだそうです。それこそ、ブルーラグーンにつかりながら眺めることもできるのです。アイスランドの家庭料理を食べた後、「もしかしたら」と何度も窓の外を確認しましたが、やはりまだ現れてはくれませんでした。いつかは露天風呂にはいりながらのオーロラを味わってみたいものです。
「まだ真っ暗だ...」
翌朝ホテルをでると、外はまだ薄暗く、ひんやりとした空気に覆われました。アイスランドは、もう冬の支度を始めているようです。「ノーザンライトイン」と刻まれた表札が、光に照らされていました。
「また必ず泊まりにきますね」
空港まで送ってもらうと、握手を交わし、自然とそんな言葉がでてきました。たとえ一泊しかしていなくても、その中にいろんな会話があったから、ホテルの人との別れはつらいものです。そして僕は、ロンドン行きの飛行機に乗り、ほんのり明るくなってきたアイスランドをあとにしました。
1.週刊ふかわ |, 2.地球は生きている |2007年11月04日 09:55
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