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2007年08月19日
第281回「そして僕は北欧で途方にくれる」
「さぁ、来い!」
それまでずっと腰の横に据えられていた僕の右手は、空を突き刺すように高々と掲げられました。遠くに乗用車が見えると、僕は誰がどう見てもヒッチハイクであるとわかるくらいヒッチハイク感をだして道路脇に立ち、それが近づいてくるのをじっと待ちました。
「一発で決めてやる!」
そのときの僕は、すべてがうまく行く、そんな気がしました。これまで数々の奇跡をよんだように、この右手が、この親指が、世界中の奇跡を集める、そんな気がしてならなかったのです。車が徐々に近づいてくると、こぶしを強く握り締め、ただ一点だけを見つめました。
「とまれ!!」
一瞬、ガラス越しに運転手と目が合いました。
「さぁ、とまるんだ!!」
車はスピードを緩めることなく、雨をはじいて僕の前を通過していきます。
「いや、でも、なんか手ごたえあったぞ!」
僕にとっては、運転手と目が合ったことが、かなりの進歩でした。
「うん、たしかになんか反応が返ってきてる!」
僕の前を通過するものの、無視するように通過するのではなく、うしろに荷物が載ってるから、とか、時間がないからとか、それぞれに載せられない車内事情をアピールしていく人が多く、それだけで僕の心は暖かくなりました。
「やはり、思いを伝えることが大事なんだ!」
なんとなく、のぼり調子な気がしました。そろそろ、成功しそうな空気が漂っていました。
「だめか...」
運転手とのアイコンタクトまではたどり着いたものの、その後の進歩が見られません。どんなにアピールしていても、車を停めるまでにはいかないのです。時折現れる車に胸を膨らませては、通過した車の後姿を目で追っていました。申し訳なさそうな運転手の表情ばかりが通過していくのです。
「いったい、何がいけないんだ...」
だいたい、こんなところでヒッチハイクをしていることなんてまずないだろうし、雨の中つったってたら気持ち悪くて、正直僕が運転していたらまず素通りするでしょう。しかも、ズボンもびしょびしょだし、載せづらさに拍車をかけています。そして僕は、いつものように途方にくれていました。
「もう、歩くしかないか...」
分岐点に立って一時間がたとうとしていました。そろそろ、変な噂がたっていてもおかしくありません。「あの分岐点に怪しい日本人が立ってるぞ」みたいに。このままもし成功しなかったら、それこそ迎えのタクシーの時間に間に合わなくなってしまいます。結局僕はヒッチハイクをあきらめて、降りしきる雨の中、再び歩くことにしました。それから5分もしないときです。
「あれはもしかして...」
遠くに、バス停らしきものが見えました。
「バスが、通るの?」
すると、タイミングよく後ろから大きなバスが向かってきました。
「こうなったら一か八かだ」
それがどこにいくのかもわからないまま僕はバス停まで走り、藁をもすがる思いで大きく手を振ってアピールしました。バスが僕の目の前で停まると、ぷしゅーっと扉が開きました。運転手が、不思議そうな顔で僕を見ています。
「奇跡のバスだ...」
バスに揺られながら、僕はほっと肩をなでおろしました。地元の人にとっては普通のバスも、僕にとってはそう思えました。車内の空気が、雨に打たれて凍えた僕の体を温めてくれます。あんなところでヒッチハイクなんかしないで、もっとはやくバス停に気付いていれば、こんなにびしょびしょになることもなかったのに。ともあれ僕は、どうにかヨエンスーの駅までたどり着くことができました。
駅に着くころには雨もあがり、ホテル行きのバスが到着するまでの間、街を散策することにしました。ヨエンスーという街は、ヘルシンキに比べてとてもこじんまりしていて、1時間もあればぐるっと一周できてしまいます。どこの町でもそうなのですが、かならずその中心部にはマーケット広場と呼ばれる場所があり、いくつもの露店が立ち並んでいます。どこの広場も、アイス屋さんやお花屋さんがあるので、どことなく日曜日のような幸せな雰囲気です。
このヨエンスーは、カレリアパイとよばれる郷土菓子が有名なのですが、この広場の一角にあるカレリアパイのお店では、かわいらしい割烹着を着たおばちゃんたちが並んで作っている姿をガラス越しに見られます。青と白のストライプのエプロンをつけたおばちゃんたちが横一列に並んで同じ動きをしているのは、どことなく滑稽にも見え、面白い光景でした。さっそくそのパイを購入した僕は、現地の人たちに混じり、コーヒーを飲みながらおばちゃんたちの作ったパイを食べました。
そうこうしているうちにバスが迎えに来る時間が迫ってきました。指定された場所にいくと、そこには老年の夫婦が一組待っています。しばらくしてワンボックスカーが登場すると、中からホテルの名前のカードを持ったおじさんがでてきました。この人は英語さえ通じないようです。田舎なので、ホテルの送迎バスと地元の人が利用するバスが共用のような感じになっているようで、途中で民家にに立ち寄ったりもします。そうして車は街を離れ、山の中に吸い込まれていくと、景色はみるみるうちに大自然へと変わっていきました。
「ちゃんと予約できてるだろうか...」
向かう場所は、シベリウスをはじめ多くの芸術家たちがこよなく愛した、ホテル・コリです。自分で予約をしたので、どうも不安でならなかったのです。
「はい、もしもし」
「あの、僕は日本人なんですが、今度そちらに泊まりたいのですが、予約できますでしょうか?」
「はい、いいですよ、いつですか?」
「来週の水曜日なんですけど...」
「わかりました。お名前は?」
日本語で表記するととてもスムーズに感じるかもしれませんが、衛星中継のような妙な間があったものの、意外とスムーズにいってしまったのです。あまりにカンタンだっただけに不安だったのです。そんな不安をよそに、車は山をぐんぐん駆け上り、ようやく道の行き止まり、山頂までやってきました。
「ここか...」
運転手にお金を払い、車から降りると、予想以上でもあり、期待通りのホテルがそこにありました。ひたすら車で登ってきた山の頂上には、泣く子も黙る、北欧デザインが待っていたのです。
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1.週刊ふかわ |2007年08月19日 09:30
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