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2007年08月12日
第280回「戻れない道」
「これは、まずいことになったぞ…」
強まる雨の中、車も人さえ通らない道を、僕はひたすら歩いていました。
「やっぱり待てばよかったのかな…」
バスが来るのを待たずに空港を出てきたことへの後悔が何度も寄せては返していました。
その日の目的地は、フィンランドの原風景と呼ばれる、北カレリア地方のピエリネン湖でした。この旅行記の最初にお伝えした、フィンランディアを聴いた場所です。そこへ赴くために、朝5時半にホテルをチェックアウトし、国内線の飛行機で6時台にヘルシンキを発たなければなりませんでした。1時間ほどで到着するヨエンスーという空港からは、ガイドブックによれば1時間、僕の予定では、9時くらいには目的地に着くだろうと見込んでいました。
「100ユーロ?!」
「そうだね、だいたいそれくらい」
ヨエンスー空港の外に待機していたタクシーの運転手さんから、予想外の言葉がでてきました。
「だってガイドブックに16ユーロって」
「いやぁ、そんな距離じゃないね」
目的地まで、空港からタクシーで16ユーロくらいとガイドブックに書かれているのに、誰に聞いても桁違いの数字が返ってきました。いわゆる海外のぼったくりタクシーという感じではありません。
「なんだ、どういうことだ?」
とりあえず宿泊予定のホテルに電話をしようとしました。しかし、さすがのケータイも、郊外となると圏外になっています。
「こんなときにかぎって…」
そもそも、なんの手続きもなくフィンランドで自分のケータイが使えること自体すごいことなのですが。
「きみ、よかったらここの電話使いなさい」
露骨に困った表情をした日本人に、空港の係の人が声を掛けてくれました。それによると、ヨエンスーの駅に1時頃ホテルのタクシーが迎えにいくとのことでした。その話から、ガイドブックが、駅からのタクシー料金と空港からのそれとを間違っていることに気づきました。
「1時か…」
時計はまだ7時をさしています。とりあえずタクシーで駅まで向かい、そこで適当に時間をつぶせばいいかと空港の外にでると、さっきまでいた数台のタクシーが見事にいなくなっていました。次の飛行機の到着まで時間があるからでしょう。
「ヨエンスーの駅に向かうバスが12時くらいに来るから、それに乗ったらいいよ」
なにかあるたびに僕は、係の人に相談していました。それにしたって5時間近くあります。空港内にある、なんとも映画にでてきそうなこじんまりとしたカフェにはいると、僕はコーヒーを一杯注文しました。
「さぁ、どうするか…」
コーヒーを飲み干したところで、まだ5分しかたっていませんでした。これでは何十杯飲んでも時間が余ります。
「すみません、ヨエンスーの駅までは何キロくらいですか?」
いつもの係の人に尋ねました。
「駅?」
「はい、そうです」
「12キロくらいかな」
「歩いていけますかね」
「歩いて?」
「はい」
「まぁ、歩けないことはないと思うけど、3、4時間かかるんじゃない?」
「でも、歩けないことないですよね」
「まぁ、そうだけど」
「わかりました、ありがとうございます」
5時間カフェでボーっとしてるなら、その時間で駅まで歩いていけばいいじゃないか。自分自身を過信していたのか、そのときの僕には、それが困難には思えなかったのです。彼の心配そうな表情をあとに、僕はヨエンスーの中心部に向かって歩き始めました。
「なんか、気持ちいいなぁ」
北欧の森林の中を突き抜ける一本道をひたすら歩いていることが、とても心地よく、足取りも軽いものでした。地球のここら辺を歩いているんだなぁと思うと、なんだかテンションが上がります。大きく深呼吸をしながらまっすぐ続く道を歩いていました。
「どれくらい進んだかな…」
1時間ほどで現れた標識には、ヨエンスーの街まで10キロとなっていました。行けども行けども変わらない景色が、僕の足取りを重たくします。
「まぁ、進んでることは進んでるか…」
トボトボと歩く僕の横を、時折ものすごい速さで車が通過します。スタート時に比べて歩くペースがかなりダウンしていた、そのときです。
「あ…」
僕の足元に、水滴が落ちてきたような気がしました。
「もしかして…」
その水滴は二つ三つとみるみるうちに増え、やがて数え切れないほどの水滴が道の色を変えていきました。
「雨か…」
ただ、その日は朝から雨が降っていたのでホテルを出るときに傘を買っていました。予想外の雨ではなかったのです。
「まぁ、すぐにやむだろう」
しかし、降り出した雨はあがるどころか、弱まりもせず、気付くとズボンの膝から下がびしょびしょになっていました。
「これは、やばいことになった…」
標識をみるとあと8キロ。早歩きでも2時間くらいあります。やさしく接してくれた空港の人たちの顔が浮かんできました。
「こうなったら、やるしかないか…」
そのとき、歴史が動きました。僕は、空港からの一本道を横切る高速道路のような大きな道の入り口に立ち、ヒッチハイクをやることを決心したのです。
「誰かしら停まってくれるさ」
ヒッチハイク自体は番組のロケでやったことはありましたが、海外はもちろんのこと、プライベートでのそれは初めてでした。それでも、どうにかなるだろうという気持ちのほうが強かったのです。
「停まってくれないかぁ…」
時々現れる車が、僕の前を通り過ぎていきます。というのも、親指を突き出した僕の右手は、頭の上には掲げられず、胸どころか僕の腰の横に控えめな感じで顔を出しているだけでした。
「北欧でなにをはずかしがっているんだ、俺は!」
向かってくる車を前に、恥ずかしくて手が上がらない自分自身に渇をいれ、あらためて車を待ちました。
「しっかりアピールしなくちゃだめだ!」
すると、向こうからクルマがやってきました。
「よし、今度こそ!」
しかし、僕の手はあいかわらず腰の横にありました。しかも傘を差しているから余計に目立ちません。ただ分岐点で傘を差しているだけです。どこからか、空港に戻ってバスを待ったほうがいいんじゃないの、という悪魔のささやきがきこえてきました。でも、空港の人たちに「あの日本人、結局戻ってきたぞ」と思われたくはありません。日本を代表して、もうこの道を戻るわけにはいかないのです。
「あぁ、どうしたらいいんだ!ここで僕の人生はおわるのか」
フィンランドの片田舎のとある分岐点で、雨に打たれながら少しだけ人生を振り返りました。
「ちゃんとアピールしなきゃだめだ!!」
そして僕は背筋をぴんと伸ばしました。まだクルマを発見していないうちから僕は、親指を伸ばした右手を颯爽と空に掲げました。
「よし来い!!」
さぁ、果たして北欧でのヒッチハイクは成功するのでしょうか。次週、乞うご期待!
PS:先週掲載できなかったムーミンの写真、バックナンバーでご覧になれます。
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1.週刊ふかわ |2007年08月12日 09:30
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