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2007年08月05日

第279回「ねぇ、ムーミン?」

「ゆ、ゆるい...ゆるすぎる...」
 そののどかさを通り越したのんびりした光景に、まるでわき腹をくすぐらるように、笑いがこみ上げてきました。
「しかし遠いなぁ...」
 行き方がわるいのか、場所がわるいのか、いけどもいけどもなかなかたどり着きません。ヘルシンキから列車で3時間、そこからバスで30分。そこからすぐと思いきや、やたらと歩かされるわけです。それに「ムーミンワールドこちら!」みたいに派手な看板もなく、街はいたって普通のテンション。そこへ向かう大きな人の流れもないために、こんな地味な道であっているのだろうかという不安が押し寄せ、「この家族はきっとそうだろう」と勝手について行くと、ぜんぜん関係のない公園にたどり着いたりします。何度もくじけそうになっては、「俺はムーミンを見たいんだ、それでも見たいんだ!」と何度も自分に言い聞かせて、どうにかモチベーションを維持していました。
「あれが、そうか...」
 果たしてこの街に本当にムーミンワールドがあるのか、そんな不安を抱きながら海岸沿いの道を歩いていると、遠くに島が見えてきました。もう、あれが正解でないと困ります。
「そうだ、あれに違いない!」
 島につながる橋の入り口に、それらしきゲートが見えてきました。
「muumimaailma...」
 なんだか打ち間違いのように見えますが、そうではありません。なんて発音するのかわからないまま橋を渡りはじめると、島のほうから楽しそうな音楽がきこえてきました。
「さぁいよいよだ...」
 橋を渡った僕を迎えたのは、森の入り口のような、こじんまりとしたゲートでした。料金などが表示された看板が立っているのですが、そこには日本語はありません。フィンランド語とおそらくスウェーデン語と英語です。フィンランド自体そうですが、日本語訳がなくなると、遠くに来た感が倍増します。手にスタンプを押してもらった僕は、ひそかに胸を弾ませてムーミンワールドにはいっていきました。
「これがムーミン谷かぁ...」
 詳しい人であれば、そのかわいらしい建物を見て、「あ、そうこれこれ!」とテンションがあがるのでしょうが、僕的に見覚えのあるものはありません。それでも、周囲を海に囲まれた森の中に響く音楽やカモメの声、青い空と太陽に照らされる人々の表情であふれた世界は、のどかでのんびりとしていて、歩き疲れた僕の体を癒してくれました。
「どこにいるんだろう?」
 ミッキーのようにパレードなんかして登場するのだろうか、ムーミンの家にいけば会えるのだろうか、そんなことを考えながら食べていたアイスを持っている手がとまりました。
「あれは...」
 僕は目を疑いました。遠くの芝生の上に白い物体が見えました。
「ム、ムーミン?」
 彼は青い芝生の上で普通に仰向けに寝ていました。一瞬、少し前の中国の遊園地が頭をよぎりました。
「主役がこんなところで...」

 パレード中に大勢の観衆に手を振りながら踊るミッキー。ただ芝生に寝転んでいるムーミン。その光景に、自然と笑いがこみ上げてきます。一人旅をしていてそうそう笑いがこみ上げてくるなんてことはありません。さすがムーミンです。青い円柱に赤い帽子をかぶったムーミンの家の前の芝生でお昼寝をしていたのです。
「あっちにたくさんいる!!」
 人がたくさん集まってるほうに目を移すと、そこにはムーミンみたいなひとたち、つまりムーミンの家族がたくさんうろうろしていました。青い円柱に赤い帽子をかぶったムーミンの家の前は、ムーミン一家と家族連れであふれていました。
 相変わらずお昼寝をしているムーミンのところには、子供たちが集まっているときもあれば、ムーミンがひとりで昼寝しているときもあります。
「ム、ムーミン...」
 勇気をだして話しかけようとしたとき、緑色の衣装を着た、めちゃめちゃ男前のひとがやってきました。
「ス、スナフキン!」
 ムーミンのところにギターを抱えたスナフキンがやってきました。しかし、彼はアニメの印象とちがって、モデルのようなめちゃめちゃ男前でスマートなスナフキンでした。そのスナフキンのところに、赤い衣装を着た若い女性がやってきました。
「ごめん、待った?」
「いや、大丈夫。僕も今きたとこ」
 赤い服を着た赤毛の女の子、ミーでした。男前のスナフキンとかわいらしいミーは、まるでムーミン像前で待ち合わせをしている若いカップルのようでした。それにしても、ムーミンは疲れていたのか演出なのか、相変わらず寝ています。僕はなんとかムーミンに話しかけ、一緒に写真を撮りました。家族のみんな、スナフキン、ミー、そしてなんだかよくわからないキャラクターたちとも撮りました。
 それは、どこかボルトを緩めたような世界でした。なんとなくアバウトで、ゆったりとした時間が流れていました。現代社会は、ボルトはきつく締められます。時間や競争やルールや儲けや安全や責任、様々な言葉できつくきつく締め付けられるのです。それだと人は、窮屈で疲れてしまいます。ムーミンワールドは、そんな現代社会とは逆行するように、ボルトを緩めてある世界なのです。
「よかった、来てよかった...」
 あのとき、予選落ちしなくてよかったと、あらためて感じました。正直、毎年行ってもいいくらいです。そして僕は、ベンチに座り、売店で買ってきたフライドポテトをカモメにあげながら、なにも考えず、ただぼーっとしていました。自分がヒッチハイクをやることになるとは知らずに。

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1.週刊ふかわ |2007年08月05日 09:30

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