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2007年07月22日
第277回「行くべきか、やめるべきか」
ぎりぎりまで僕は、そんな風に悩んでいました。
ガイドブックをパラパラめくるとまず目に付くもの、そしてフィンランドを語る上でもっとも親しみやすい言葉、それは「ムーミン」です。このワードを聞けば誰でも少しはその海外旅行の自慢話に耳を傾けようという気分になれるものです。正直僕も、そのアニメをしっかり観たという記憶も、それがどういった内容なのかも知らないものの、歌のポピュラーさからか、日本でその存在を知らない人はいないかと思います。ミッキーに負けずとも劣らぬあのキュートな体系は、見る者を瞬時に脱力させ、多大な愛着を湧かせるのです。だから、いつの時代もムーミンは、世界中の人々に愛されているのです。そのムーミンの発祥の地、つまりムーミンが生まれたこのフィンランドに、ムーミン一家が生活するムーミン谷、「ムーミンワールド」があるのです。
「だからって、別に行かなくってもいいんじゃないか…」
心の中でそんな意識が芽生え始めたのは、自分で旅のプランをたてているときでした。というのも、そこへのアクセスは必ずしもいいとはいえません。ナーンタリという街の入り江に浮かぶ小さな島にムーミンワールドがあるのですが、片道だいたい3時間。行けば一日はかかってしまいます(飛行機だともう少し早いですが)。滞在日数の少ない僕からしたら、ほかにいきたいところがある中で、優先順位をつけると常に予選を通るか通らないかの瀬戸際のところに、ムーミンワールドがあったのです。冷静に考えれば考えるほど、そこへ赴く必要性を感じなくなり、ムーミンは有名かもしれないけれどそれを本当に自分が求めていなければ意味がない、くらいに思い始めたのです。
「じゃぁみんなほうとうでいいよね?」
以前、DJメンバー4人で山梨に行ったときのことです。
「あ、ちょっと待って!」
メンバーのひとりが流れを止めました。
「俺、肉うどんにする」
「え?ちょっと何言ってるの?ここほうとう屋だよ?山梨だよ?ほうとう食べないでどうすんの?肉うどんなんてどこでも食べれるじゃん!」
「でも、なんかいまはほうとうって気分じゃないんだよね。それにここの肉うどんうまそうだし」
彼は、かたくなに肉うどんを主張しました。
「わかったよ、じゃぁほうとう3と肉うどん1ね。ちょっと食わせてとかだめだからね、絶対!」
「わかってるよ」
オプションで注文した馬刺しを食べていると、ほうとうと肉うどんが運ばれてきました。
「やっぱり山梨って言ったらほうとうだよ!肉うどん失敗したとか思ってない?」
「いや、思ってないよ」
「また、無理しちゃって!」
「いや、別に無理してないよ」
「いいの、ほうとう食べなくて?」
「別にいいよ」
「また無理しちゃって!」
「いや、だからしてないって!」
「あ、そう…」
少しの間、沈黙が流れました。
「ちょっと、たべさせてくんない?」
一人の男が沈黙を破りました。
「ちょっとでいいんだけど、食べさせてくんない?」
「なにそれ!散々肉うどんのこと馬鹿にしといて」
「いや、馬鹿にしたんじゃなくて、心配したんだよ。いい?ちょっとでいいから!」
そうして僕は、肉うどんを一口食べました。そのときの味が、僕の人生を変えました。山梨だからほうとうを食べるという固定観念を払拭したのです。
「そうなんだよ!だから、ひとえにフィンランドに来たからって、必ずしもムーミンワールドにいくことはないんだ!大切なのは、いま自分がなにを求めているかなんだよ!」
男は立ち上がりました。
「やっぱり、行くのはよそう!あの店で肉うどんを食べたように、自分の求めるところへ行こう!」
そうして、ムーミンワールドは却下されました。
「課長、海外旅行どうでした?」
「あ、長澤くん、おはよう。海外のことどうして知ってるんだい?」
「まさみ、課長のことならなんでも知ってるんです!フィンランドですよね?」
「あぁ、そうだよ。なかなかよかったよ」
「そうですか。で、ムーミンワールド行きました?」
「あ、あそこはいかなかったよ」
「え?いま、なんていいました?」
「あそこはいかなかった」
「課長、それ本気ですか?」
長澤の表情から笑顔が消えた。
「本気だけど、なんかまずかった?」
「いや、まずいっていうか、フィンランド行ってムーミンワールドいかないなんて…」
「ちょっと、そんな怖い顔しないで。ほら、これムーミンのキーホルダー、お土産」
「それ、どこで買ったんですか?」
「空港だけど?」
「いりません…私そういうの、嫌いです…」
「ちょっとまさみ、どうしたの?」
同僚のはるかがやってきた。
「うそ?まじで?信じられない!」
「でしょ、ありえなくない?フィンランド行ってムーミンワールドいかないなんて…」
「ニューヨークに行って自由の女神を見に行かないようなもんよね」
「そんな、綾瀬くんまで、ひどいなぁ…」
「じゃぁ課長はどこに行ってたんですか?」
「も、森とか…み、み、み、湖とか…」
「森?湖?!ねぇ、みんなちょっときいて!課長、ムーミンワールドいかずに森とか湖とかみにいったんだって!ロマンティストねぇ、あはははは、あはははは!」
課長はその場から逃げるように走り出した。
「ムーミンワールドどこですか…ムーミンワールドしりませんか…」
彼は町を彷徨い、通りすがりの人たちに尋ねていた。
「ムーミンワールド…ムーミンワールドどこですかー!!!」
気付くとベッドの上で汗びっしょりになっていた。
「よし、行こう!絶対行こう!行かないで後悔するよりも、行って後悔しよう!いや、海外旅行に後悔はないんだ!!」
そうして僕は、なんだかんだでムーミンワールドに向かっていました。しかしながらそこには、ある意味想像を超えた世界が待っていました。そこには、現代社会が失っている大切なものがあったのです。
この桟橋の向こうがムーミンワールドです
PS:7月28日(土)14時〜大阪ジュンク堂梅田店(ヒルトンプラザ内)にて、サイン会あります。
コチラに、現段階で決定しているクラブイベントやサイン会などの情報が載っているので、よかったらみてください。
1.週刊ふかわ |2007年07月22日 09:30
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