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2007年03月18日

第260回「そのカフェはいつも」

 そのカフェはいつも、深夜になると人が集まっていました。
「マッシュルームのピザをひとつお願いします」
「スベリソースのパスタをふたつ!」
「リアクショーネください!」
 会社帰りのOLさんや、学生さん、ときどき業界人なども訪れ、こじんまりとしたフロアーはすぐにいっぱいになります。店長ひとりで切り盛りしているから、彼はいつもフロアーと厨房を行ったり来たりしていました。
「はい、お待たせしました、オムライスです!」
 なかでも定番メニューの「オムライスいじられ風味」は、お店の売りにもなっていて、初めてくるお客さんはたいていそれを注文します。その日も、彼は小さな店内を駆け回っていました。
「いらっしゃい、、、あ!」
 扉が開く音に振り向くと、そこには一人の女性が立っていました。
「こんばんは」
「ファンちゃん!」
「なんか久しぶりに店長の味が恋しくなって」
「そっか、ありがとう!じゃぁ奥のテーブル空いてるから」
 店長は、彼女を座らせると、丸いテーブルの上にお水を置きました。
「ほんと久しぶりだね、何年ぶり?」
「何年もたった?なんか仕事で忙しくってなかなかこれなくって」
「そっかぁ、そうだよね、、、」
「でも本当はこの前来たんだよ」
「え、ほんと?」
「うん。来たんだけど、閉まってたの」
「え、いつだろ?」
「3ヶ月くらい前かな」
「あ、もしかして結構早い時間帯じゃない?最近は深夜営業にしてるから、8時くらいだとまだ開いてないんだよ」
「そうなんだ」
「あ、ちょっと待ってて」
 そう言って、ほかのテーブルの注文を受けると、また急いで戻ってきました。
「ごめんね、なんせ一人だからさ」
「バイト雇えばいいのに」
「そうなんだけどね、まぁ一人でもいいかなって。で、なんにする?」
「じゃぁ、リアクショーネと、、、」
「あれ、お酒飲めるようになったの?」
「うん、カクテルくらいなら」
「食事は?」
「そうだ、あれ、ある?」
「あれって?」
「ほら、前に店長が何度か作ってくれた」
「あー、あれね!いいよ」
 それは、常連客にしか出さない、裏のメニューでした。
「はい、お待たせしました」
 しばらくすると、店長は飲み物と、「あれ」を持ってきました。
「なんか、無理言っちゃってごめんね」
「いえいえ、常連さんですから。こんなのありあわせの材料で作れちゃうし」
 店長は、彼女がおいしそうに食べるのを嬉しそうに見ていました。
「ごちそうさまでした」
「あ、今日は、僕のおごりだから」
「そんな悪いよ、払うって!」
「いやいや、いいですよ。こんなの裏のメニューなんだし」
「そんなの関係ないって。だいたい、なんで表のメニューにしないんだろって前から思ってたし」
「それはほら、やっぱり洋食屋だから。あんまり違う感じのは出せないでしょ」
「そんなの気にしなくっていいのに。別に誰も文句言わないんだから。それよりも、自分が本当においしいと思う料理を出したほうがいいって。私なんかが偉そうに言うことじゃないけど、店長の料理、もっとたくさんの人に味わってもらうべきだよ」
 そういって、彼女はテーブルにお金を置くと、「またくるね」と声を掛けて去っていきました。それから、一ヶ月くらいたちました。
「こんばんは!」
「あ、どうも、いらっしゃい!あれ、今日は一人じゃないんだ」
「そんな、友達がいないみたいじゃない。今日は同僚も連れてきちゃいました!」
「どうも!」
「こんばんは」
 同僚のふたりが両脇から顔を出して挨拶すると、店長は3人を奥のテーブルに案内した。
「今日はなんにしましょう?」
「定番はオムライスなんでしょ?いじられ風味の」
「あ、でも、このスベリソースのパスタもおいしそうだなぁ」
「実はね、ここのお店のオススメはメニューにのってないの。店長、あれ、いい?」
 ファン子が目で合図した。
「あ、はい、いいですよ」
「え、なに、あれって?」
「ん?この店の裏メニュー
裏メニュー?」
「そう。メニューには載ってない、常連さんだけが味わえる隠れメニュー」
「そうなんだ!じゃぁ私もそれがいい!」
「じゃぁ俺も!」
「あの、実は、、、」
 すると店長が、気まずそうな表情で言った。
「え、もしかして、もうやってないの?」
「いえ、そうじゃないんです」
 そう言うと、店長は壁にかかっているボードを指差しました。そこには、それまで彼女がひそかに頼んでいた裏のメニューがしっかりとオススメメニューとして書かれていました。
「店長!表にしたんだ!」
「やっぱり、これまでの味も大切ですけど、ほかの自分の味も味わってもらいたくって。もう、表とか裏にこだわらない、全部自分の味ですから」
裏メニュー、解禁ってわけね。じゃぁ、今日は堂々と注文できるんだ!」
そして店長は、開店時間を早くしたことも彼女に伝えた。
「じゃぁ、オススメメニューのABCひとつずつお願いします」
「かしこまりました、お飲み物は?」
「じゃぁ、リアクショーネを3つ」
 注文を受けると、店長はいそいで厨房にはいっていきました。まるで歌を歌っているかのような幸せな音が、中から聞こえてきました。
 ということで、5月9日に3つの裏メニューをリリースすることになりました。詳細は次週お伝えします。

1.週刊ふかわ |2007年03月18日 10:00

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