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2006年11月12日
第245回「一膳と言えない男」
多いときで週に2回、京樽にいきます。知らない人のために説明すると、京樽とはお寿司やさんなのですが、いわゆる回転寿司とかのタイプではなく、駅とかにあるような、ショーウインドーにおにぎりとか太巻きとかが並べらている、売店のような店舗です。かつては、京樽という和食レストランを良く見かけたものでしたが、どこかに買収されたのか、いまはその手のタイプはなくなってしまいました。しかし、規模は小さくなったものの、都内ではその店舗をよく見かけます。僕が普段利用しているのは、世田谷のとある駅前にある店舗で、自宅から原付で5分くらいのところにあります。
一人暮らしを開始してもう10年以上たつというのに、いまだ料理のレパートリーがやきそばとチャーハン、これをいれていいのであればフレンチトーストというくらいなので、相変わらず外食中心の食生活になっています。僕にとって、オリジン弁当を中心としたお弁当やさんなどは、僕の厨房であり、それらの厨房をローテーションさせることで、どうにか飽きがこないよう食卓にしているのです。そんな中でも、この京樽の厨房はローテーションがまわってくるのが早く、「今日行ったら店員さんに、他にないのって思われる...」と、自粛することさえあるほどです。それほどまでに、京樽は僕の食生活の柱となっているのです。特に惹き付けるは、赤飯おにぎりです。ここの赤飯おにぎりはコンビなどで売っているのに比べ、とてももちもちしていて、小豆も豊富で、何個でも食べてしまえるのです。だから家には、京樽の赤飯おにぎり用に、瓶のごま塩が常備してあるのです。「迷ったら京樽にいけ!(ランチ時)」という言葉は、息子たちに遺言として伝えたい言葉のひとつでもあります。そんなにも京樽を愛しているのに、僕は嘘をついていました。いつの頃からか忘れてしまったけれど、僕は、京樽に嘘をついていたのです。
「お箸は何膳になさいますか?」
その質問に対し、一人暮らしである僕は、
「一膳お願いします」
と答えればいいのです。なのに、全国ネガティブ選手権30代男性部門第1位の僕は、
「お箸は何膳になさいますか?」
という質問がどうしても、
「これ何人で食べるんですか?」
という風にきこえてならないのです。だから、一人で寂しく食べている、と思われるのが嫌で、
「えっと、二膳でお願いします...」
と答えてしまうのです。見栄を張ったばっかりに、僕はずっと、京樽に嘘をついてきたのです。しかも、コンディションがわるく、ハードネガティブのときは、店員さんの質問が、
「あなたよく買いに来るけど、ほんと赤飯おにぎり好きだよね。冒険心ってものがないのかな。で、こんだけ買ってるけど、いったい何人で食べんの?まさか一人じゃないよね?これを一人で食べてたら、なんか悲しくて同情しちゃうよ...」
という風に聞こえてしまうのです。だから僕も同情されないように、
「あと、しょうゆとしょうが多めにください...」
と言うことによって、孤独じゃないアピールをし、誰かと食べている感じを出しているのです。もっと言うと、
「そうなんですよ、赤飯おにぎり好きなんですよ。もう毎日でもいいくらい。っていうか、僕っていうより、彼女なんですけどね、ほしのあき似の。その彼女が買ってきてっておねだりするもんだから...」
というストーリーを、入店するあたりのしぐさなどで精一杯表現しているのです。
そんなことをしていたら、家の割り箸、そして小分けされた醤油としょうががどんどん増えていきました。
もう後悔してもしょうがありません。これから先が大事なのです。大きくは、二つの選択肢があります。ひとつは今度行ったときに、「一膳でいいです」と、いままでの謝罪を含め、すべて正直に伝える。もうひとつは、こうなったら嘘をつき通す。つまり、彼女的存在になってくれる人を募集し、一緒に京樽に入店してもらう。入店するなり、「なんだ、ほかのもあるんじゃない!」と、いつも家で待ってる風な雰囲気をだすのです。そうすることで、「なんだ、ほんとに二人だったんだ」と思わせることができるのです。ちなみに「お箸いりません」と言うことも可能ですが、それでは解決にならないので、上の二つから選ばなくてはなりません。でももしかすると、あの店員さんはもう気付いているのかもしれません、僕がひとりで食べていることを。本当は、「お箸一膳でいいですよね」といえるところを、あえてそうはきかないでいるのです。きっと店員さんのやさしさなのです。だから、このまま店員さんのやさしさを享受していてもいいかもしれません。そしてそのやさしさが当たり前になるとき、つまり、お箸が本当に二膳必要になるときが訪れる日まで、嘘をついていてもいいのかもしれません。
「一膳」と言うべきか、「二膳」と言うべきか、それが僕の目の前に立ちはだかった大きな問題なのです。それが決まるまでは、京樽には行かず、小僧寿しチェーンに行かないといけません。いずれにしても結論が出るまでは、僕が一人で食べていることは、絶対に京樽に言わないでおいてください。
1.週刊ふかわ |2006年11月12日 10:00