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2006年09月24日

第238回「秋の気配」

「ねぇ、好きな人できたでしょ?」

突然の質問に、男は言葉をつまらせました。

「え?」

「ほかに好きな人できたでしょ、って言ってるの」

「な、なんだよ急に!そんなわけないだろう!」

「嘘!絶対できた!」

「できてないって!」

「好きじゃなくっても、気になる人がいるでしょ!」

「いないよ、そんな人!」

「そうかしら。じゃぁ、この写真はなぁに?」

「え?・・・あ、それは!!」

「なんなのこの写真?」

「別になんでもないよ・・・ていうか、勝手にひとの見るのよくないだろ!」

「自分のこと棚にあげてそういうこというの?ねぇ教えて、誰?この人?」

「だからなんでもないって!」

「なんでもないのにこんな大事にとっておくの?」

「大事になんてしてない!」

「ねぇ、どういう関係?思ってることがあるならちゃんと言ってよ!」

「思ってることなんてないよ・・・」

「絶対なんか隠してる!だって最近様子がおかしいもの。ねぇ、はっきり言ってよ!」

男の口からいまにも言葉がこぼれ落ちそうでした。

「・・・ちょっと・・・」

「ちょっと、なに?」

「・・・ちょっと、気になる人がいる・・・」

それは、ある程度覚悟していたものの、彼女にとって予想以上に重い言葉でした。

「ほら、やっぱり・・・」

「でも、まだべつに・・・」

「別れたい?」

「え?」

「別れたいんでしょ!」

「いや、そういうんじゃ・・・」

「私と別れて、こういう若い子と付き合ったらいいじゃない!」

彼女の瞳に涙があふれてきました。

「私のなにが不満なの?!」

「不満なんてないよ・・・」

「そうやって、ごまかさないで!そういうほうが余計傷つくの!」

「・・・そんなこと言えないよ」

「だめ!言ってよ!」

彼女は黙って、彼の言葉を待ちました。しばらくすると、ようやく男は口を開きました。

「まず・・・」

彼女はつばを飲みました。

「受信するのにいちいち時間がかかるところ」

「え?」

「メールを受信するのに、すごく時間かかるだろ?センターに問い合わせするときとか」

「そ、そうかしら・・・」

「受信だけじゃない。メールを送信するときだって。なんであんなに時間かかるんだよ」

「だってそれは・・・」

「出合った頃はそんなことなかったのに。今では取りに行ったままなかなか帰ってこない。ひどいときは、時間切れになっちゃうし」

「・・・でも、私なりに頑張って・・・」

「それだけじゃないよ・・・」

男は続けて言いました。

「通話してるとすぐに熱くなるだろう?」

「通話中?」

「そうだよ。体中が熱くなるんだよ、もう持てなくなるくらい」

「だってそれは、バッテリーが・・・」

「そのバッテリーだって、すぐになくなる。っていうか、何分充電しても、ほとんど充電されないじゃないか。ちょっとボタン押しただけですぐに残り一個になるし」

彼女はなにも言えませんでした。

「あと、カメラがついてないことも、いまだにアンテナがついてないことも。もう5年くらい一緒にいるけど、自信がないんだ。これ以上続けていく自信がないんだ!」

「・・・いいわ。別れてあげる・・・」

「え?」

「別れてほしいんでしょ?だから、別れてあげる」

「ドコ子・・・」

「au美でもボダ子でも、好きな子と一緒にいたらいいじゃない・・・でも・・・」

「でも?」

「でも、一つだけお願いがあるの」

「お願い?」

「新しい子と付き合ったら、私の記憶をすべて消してほしいの。あなたの記憶を残したまま、一人にしないでほしいの。ね、お願い」

彼女は瞳が、涙で輝いていました。

「あと、もうひとつ、わがままきいてくれる?」

彼は黙ってうなずきました。

「最後に、私宛にメールして」

「私にって、そんなことできるのか?」

「アドレスあるでしょ?その最後に暗証番号を入力するの。そしたら、私に届くから」

「わかった。やってみる・・・」

「送ったら、もう電源切っていいから・・・」

彼女は、精一杯の笑顔を見せました。そして彼は、メールを送り、電源を切りました。「ドコ子、いままでありがとう」

ドコ子との長い生活に終止符が打たれました。外を見ると、月がまんまると輝いていました。

こんなことを考えているから、なかなか買い換えられないんだよね。

1.週刊ふかわ |2006年09月24日 10:00