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2006年09月03日

第235回「あの坂をのぼれば〜後編〜」

第235回「あの坂をのぼれば〜後編〜」
「大丈夫ですか?」
その言葉に足をとめた僕は、ゆっくりと顔を上げました。すると目の前にひとりの女の子が立っていました。
「手伝いましょうか?」
彼女はとても心配そうに僕を見ていました。
「あ、大丈夫です。慣れてるんで...」
そう言って一人で押して行こうとするも、なかなかバイクは動きませんでした。
「あれ?おかしいな?あれ?あはは」
「やっぱり手伝いますよ!」
「いや、でも女の子に手伝ってもらうなんて...」
「大丈夫ですって!」
彼女はそう言ってうしろにまわりこむと、両手をバイクにあてました。
「ほんと、重いからね...」
「はい、がんばります!」
「じゃぁ、いくよ!!」
「はい!」
大きなバイクをふたりで押し、ゆっくりと坂をのぼっていきました。女の子とはいえ、やはり一人で押すよりもだいぶ楽になりました。
「だいじょうぶ?休もうか?」
「いえ、大丈夫です!」
「腰、痛くない?」
「いえ、平気です!」
そしてようやく坂の頂上まで辿り着きました。
「ほんと助かったよ、ありがとう!」
「ここで大丈夫ですか?」
「うん、あとは下り坂だから」
「わかりました。じゃぁ気をつけてくださいね」
汗一つ掻いてない彼女は、かわいらしい笑顔だけを残し、その場を去ろうとしました。すると、
「あ、あの...」
無意識に彼女を呼びとめていました。
「よかったら...うしろ乗らない?」
自分でもなぜそんな言葉を発したのかわかりません。
「え、だって、エンジンがどうとか...」
「うん、そうなんだけど、ここからは下るだけだから、行けるところまで!」
「行けるところまで?」
「そう。エンジンはかからないけど、自転車みたいにして。きっと気持ちいいよ」
「え、でも...」
「いいから、乗ってみてよ!ほら、これ!」
「ヘルメット?」
「そう、一応バイクだからね」
不安な表情の彼女をうしろに載せると、僕は足でこいで徐々に坂をくだり始めました。
「ちゃんとつかまってて。とまる所までだからね」
「うん、とまるところまで...」
二人を載せたバイクはエンジンの音をたてずに進んでいきました。
「ほら、結構気持ちいいでしょ?」
「うん、ほんと自転車みたい!」
バイクは次第にスピードをあげ、結構な速さでくだっていきました。
「あれ?おかしいな」
「どうしたんですか?」
「なんか、ブレーキが...」
「え、なんですか?」
スピードメーターがどんどんあがり、さらに加速していきました。
「なんか、すごく速いですけど、だいじょうぶですか?」
「う、うん、だ、だいじょうぶだよ...」
そう言いながらブレーキをかけるものの、スピードが一向に落ちませんでした。
「あれ?あれ?おかしいな」
前方には信号が見えていました。このまま行くと、減速せずに交差点にさしかかります。
「はやく!はやく青になれ!!」
タイミングよく信号が変わることを願いましたが、なかなか青になりません。それでもバイクの勢いは落ちるどころか加速する一方でした。
「ごめん、目つむってて!!!」
「え、なんですか?」
「目つむって!!!」
「はい!!」
バイクは、赤信号の交差点につっこんでいきました。
「うわー!!!」
ふたりは強く目をつむるしかありませんでした。わかがわからないまま、ゆっくりと目を開けました。
「あれ?ここどこ?」
「私たち、どうしたんですか?」
二人の前には見知らぬ景色が広がっていました。
「ねぇ、もしかしたらだけど...」
「なんですか?」
「もしかしたら、僕たち、空を飛んでる?」
「えっ?まさか?!」
「下、見てみる?」
「はい...」
ふたりは恐る恐る下を見ました。すると眼下には都会の街並みが広がっていまいた。
「このバイクって、そんな機能あったんですか?」
「ちゃんと説明書読んでおけばよかったね」
ふたりはさっきの恐怖から解放され、ようやく笑みが戻ってきました。
「でも、どうします?このあと」
「停まるところまでって約束だったよね」
「そうですけど...」
僕はアクセルをひねると、エンジン音をたて、雲を突き抜ける様に走っていきました。それは、地上の人たちには、鳥のようにもUFOのようにも見えたかもしれません。そして僕たちは、気付くと海の上まで辿り着きました。
「わぁ、すごい!海だぁ!」
「そ、そうだね...あはは」
うしろの彼女が感動していたのに対し、僕は不安な表情を浮かべていました。
「どしたんですか?」
「...もしかすると、ガソリンがないみたい...」
「ガソリンが?」
みるみるうちにスピードが落ち、いまにも落ちそうな感じでした。
「ガソリンがないと、どうなっちゃうんですか?」
「どうなっちゃうって、たぶん、こうなっちゃう...」
次の瞬間、ふたりを乗せたバイクがいっきに海へと落下していきました。
「うわー!!!」
汗びっしょりになって、なかなか坂をのぼらないバイクを支えながら妄想の世界に浸る僕に、誰かが声を掛けてきました。
「だいじょぶっすか?」
顔をあげると、若い男の人が立っていました。
「バッテリーっすか?」
「あ、そうなんだけど...」
いかにも渋谷とかにたくさんいそうな、腰でジーンズをルーズに穿く、まだ10代といった感じの若者でした。
「手伝いますよ!」
「いや、でも大変だから...」
「全然へいきっす!」
彼はヘッドホンをはずすと、バイクをうしろから押してくれました。
「いやぁ、ほんとごめんね、ありがとね!」
「全然へいきっす!」
男二人の力で、バイクはスイスイと坂道を登っていきました。頂上で握手を交わすと、若者は去って行きました。
ということで、2年連続で神に出会いました。2年連続で人の優しさに触れられたのです。普段の行いがいいからでしょうか。ちなみに、去年も今年もタオルを頭に巻いてサングラスをしていたので、怪しさはあるものの、僕とはわからないのです。わかってたとしても、やさしい人なのです。「人ってやさしいな」って感じられると、ほんと泣きそうになってしまいます。「人のやさしさ」を感じると、生きててよかったと思います。人は本来、困っている人を助ける生き物なのですね。なにはともあれ、今年もようやくバイクが復活しました。あとはロマンスを待つだけです。

P.S.
駒沢の期間限定ロケットマンカフェは、8月一杯で終了しました。来てくれたみなさん、ありがとうございました。

1.週刊ふかわ |2006年09月03日 10:00