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2006年08月27日

第234回「あの坂を上れば」

「あの坂をのぼれば...」

重たいバイクをゆっくりと押して行く僕の体を焼くように、じりじりと太陽が照らしつけていました。

「ったくなんでこんなに重たいんだよ!」

ビッグスクーターと呼ばれるそのバイクは、中型二輪免許を持っていないと乗れないだけに、かなりの重量がありました。平坦な場所では重心移動がスムーズにいくから軽く押せば前に進むものの、坂道になったとたん、その10倍以上の力を投入しないとまったく動かなくなってしまうのです。

「ちきしょー!!」

前を見ることさえできず、ただ顔から滴り落ちた汗を吸いこんでいくアスファルトだけが目に入っていました。すると、

「手伝いましょうか?」

一瞬耳を疑いました。まさかと思いながらも、ゆっくりと顔をあげると男の人が立っていました。

「上まで行きたいんですよね、押しましょうか」

「え、いや、でも、だいじょうぶですから!」

「この坂は一人じゃきついですよ」

少し離れたところに、その人の奥さんと子どもが待っていました。

「ほんとに、いいんですか?」

「いいですよ。じゃぁうしろから押しますよ!」

「あ、ありがとうございます!!」

すでに泣きそうでした。心のどこかでうすうすは期待していたものの、まさか本当にそんなようなことがこの大都会東京にあるなんて。砂漠の真ん中でオアシスを見つけたような気分でした。

「バッテリー、ですか?!」

「そうなんです!普段乗ってなくて!」

気合を入れながらだったので、会話にも力が入ります。それまで20センチ進むたびに休憩していたバイクが、みるみるうちに坂をのぼっていきました。

「ほんと助かりました、ありがとうございました!」

坂の頂上でお礼をいうと、お父さんは家族のもとへ帰りました。

「あぁ、大都会東京も捨てたもんじゃない...」

なんともすがすがしい気持ちに包まれました。そこから見える景色が、いつもと違って見えました。僕のことに気付いていたのかいなかったのか、いずれにしてもあのお父さんは助けてくれたに違いない、僕はそのやさしさに心を打たれたのでした。

過去に触れたと思いますが、ホンダのフュージョンというバイクを持っています。一時期若者たちが良く乗っていたビッグスクーターで、当時数十万円はたいて購入したのです。車は仕事にいくときで、原付はコンビニなどの近場にいくときに乗ります。ではそのビッグスクーターは何用かというと、それはロマンス用になります。つまり、女の子をうしろに乗せて海とかに行く用です。しかし、そうそうロマンスなんて訪れやしません。それどころか、二人乗りしたいためにバイクを買ったのに、一人で乗ることもなくただ時間だけが過ぎ、埃を積もらせるばかりだったのです。

バイクというのは、車もそうかもしれないけど、普段乗っていないとバッテリーがあがってしまいます。エンジンがかからなくなってしまうのです。そうすると、メカに強い人(古い表現だ)は自分で修理できるのだけど、そうでない僕みたいなタイプの人間は、故障のたびにお店に持っていかないといけないのです。で、僕の場合、そのお店に持っていくには、峠を越えていかないといけないのです。坂道をのぼりさえすれば、あとは緩やかな下り坂が続くので、自転車のようにすいすいと進み、楽ちんなのです。

「あの坂をのぼれば...」

あれから一年、僕はまた同じ状況に立たされていました。特別ロマンスが訪れたわけではないけれど、せっかくの夏だからバイクに乗って風になろうと思ったら、案の定うんともすんとも言わないのです。去年、感動の出会いをし、せっかくバッテリーを交換をしたのに、それからろくに乗りもせずにいたものだから、またあがってしまったわけです。そうして今年も、目の前に立ちはだかる坂道と、アスファルトから湧き上がる陽炎を眺めることになりました。

「そう何度もうまくいかないよな...」

去年のようなことはある意味奇跡であって、そんなことを少しでも期待したら大ケガする、そう自分に言いきかせると、目の前にそびえる坂道に向かって、ゆっくりとバイクを押していきました。太陽がじりじりと照らしつけ、まるで僕を応援するかのように蝉が鳴いてました。果たして今年は神があらわれるのか、はたまた女神か。世界中が注目する後半は次週!!

PS:32歳になりました。たくさんのベビースターと果汁グミとナボナありがとうございました。それ以外のプレゼントもありがとうございました。素晴らしい32歳にしてみます。

1.週刊ふかわ |2006年08月27日 10:00